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    <title>CROSSING FEATURES</title>
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    <updated>2008-03-14T08:51:42Z</updated>
    
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    <title>イラストレーション・WEBデザイン　伊藤優美子 : 具体的なスキルを提示しつつ隙間のニーズに応える</title>
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    <published>2008-03-13T14:33:41Z</published>
    <updated>2008-03-14T08:51:42Z</updated>
    
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        <![CDATA[<h2><img alt="イラストレーション・WEBデザイン　伊藤優美子 : 具体的なスキルを提示しつつ隙間のニーズに応える" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol43.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
パステル調のやわらかなイメージでWEBやイラストを制作するデザイナー、伊藤優美子さん。もともとは建築パースの制作をしていた伊藤さんが、WEBデザインにいきついた経緯や、隙間にあるニーズを的確にとらえて仕事にしていく柔軟な姿勢についてお話を伺った。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v43_p1.jpg" /><br />
伊藤優美子さん</p>
<br /> 
<h5 class="subt">最初の就職先は建築パース専門会社</h5> デザインとの出会いは、高校卒業後に進んだ、地元・神奈川県の高等職業訓練校のデザイン科に始まる。<br />
「専門的な技術を身につけたいということで選んだ学校だったのですが、想像以上に技術に特化していて、平面構成の実習や、デッサンをひたすら書いたり、溝引き定規やカラス口などといった専門の道具を使いこなす技術を学ぶのがメインでした。写植や屋外広告といった専門技術の授業もありました」。<br />
技術的な学習に偏っていたこともあり、卒業後は住宅メーカーでトレースのアルバイトをしながら、グラフィックを勉強するために夜間の専門学校へ通う。その後、２つの専門学校で身につけた技術を直接活かせる仕事として選んだ就職先は、建築パース専門会社だった。バブル期後半で仕事量も多く忙しい日々を過ごしていたが、4年ほど勤めた頃、バブルが崩壊。結婚という節目も迎えて会社を退職することを決意した。<br />
<br /> 
<h5 class="subt"> “100年遅れの屯田兵”として札幌へ移住 </h5> 夫婦ともに、もっと住環境の良い街で暮らしたいという希望を持つ中、かねてから興味のあった北海道への移住を検討し、新婚旅行は“視察”も兼ねて北海道へ。“100年遅れの屯田兵”として北海道へのIターンが盛んな時期でもあり、1994年の秋に伊藤さん夫妻は札幌へ住まいを移す。<br />
「北海道の中で札幌を選んだというよりも、全国的に見ても札幌の街が良いと思いました。今までの仕事もフリーで続けられるし、住環境も良い、そして食べるものが美味しいことも大きな決め手になりました」。<br />
札幌では、東京でつながりのあった設計事務所から北海道支社を紹介してもらい、建築パースの仕事を継続していた。一方で、北海道への移住をサポートしていた“北海道開拓使の会”のつながりから女性の異業種交流会に参加し、さらにネットワークを広げながら仕事の依頼を受けるようになる。<br />
「開拓使の会に出入りしているときに、偶然に北海道新聞社の女性記者さんと知り合い、週１で新聞のコラムのイラストを担当しました。3年半くらい続いて、そのコーナーを本にまとめた際には、表紙も描かせてもらいました」。<br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v43_p2.jpg" /><br />
北海道新聞「おふたいむ」のコラムイラスト</p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v43_p3.gif" /><br />
松本建工株式会社のリーフレット</p>

<h5 class="subt"> 気がついたらネット関係の仕事にシフトしていた </h5> しばらくは、建築パースの仕事と、紙媒体のイラストの仕事を並行してこなしていく時期が順調に続いたが、やはり、年々建築パースの仕事は減少傾向となり、紙媒体の仕事もそれほどボリュームが増すわけでもなかった。そんなとき、イラストの仕事のために購入したパソコンで初心者講座に参加しながら自分のHPを作成。このHPをきっかけに、1999年には、インターネット上で仕事を展開しているネットオフィス<a href="http://www.ysstaff.co.jp/" target="_blank">『ワイズスタッフ』</a>と出会い、ネット関係の世界へと仕事を進めていくことになる。<br />
「HP作成については、まだまだ自分の中でも未知数だったのですが、デザイン力が買われて、HTMLでのHP作成の依頼が続々来ました。依頼が来るたびにわからないところは本を探しては独学で勉強し、一緒に仕事を進めている仲間たちからもアドバイスをもらったり知識を得たりしながら、必死で仕事をこなしていきました」。<br />
気がついたら、１年ほどで、建築パースや紙媒体の仕事から、ネット関係の仕事へと一気にシフトしていたという。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v43_p5.jpg" /><br />
「ことに・メディカル・サポートクリニック」のサイト</p>
<br />
<h5 class="subt"> アーティスティックな仕事にこだわりはない </h5> 積極的に営業をしているわけではないが、出会いのあったクライアントには、できるだけ具体的なスキルを提示することを心がけ、次の仕事にもつながっているという。<br />
「札幌に来た当初お付き合いのあったインテリアデザイナーさんや、イラストの仕事でお付き合いのあった方に『HP作成の仕事をしている』と話したのをきっかけに、HP作成の依頼がくることもありました」。<br />
また、「特にアーティスティックな仕事にこだわりはない」という伊藤さんは、最近、新しい傾向の仕事も増えているという。<br />
「HP作成の仕事を請けて納品した後、デザインだけではなくコーディング作業もできることを知ったクライアントさんから、次は『コーディング作業がメインの仕事をお願いできないか』との依頼がきました。これはデザインとはちょっと違う職人的な仕事ではあるのですが、私自身は楽しめる部分もあります。こうした分野も、隙間としてニーズがあるのを感じるので、柔軟に応えていきたいと思っています」。<br />
<br />
<h5 class="subt"> 外の動きには敏感でいたい </h5> ネット関連の仕事を始めてから、一人で完結する仕事というのはほとんどなく、複数のスタッフと連携することが多い伊藤さんは、広い視野を持って、常に自身のスキルアップを図ることを忘れない。<br />
「CREATER’S DBに登録した人に発信されているセミナー情報などもチェックして、必要なものにはできるだけ参加するようにしています。札幌だけに限らず東京で開催されるものでも、交通費を惜しまず参加しています。日頃、自宅兼職場で一人で仕事をしているので、少しでも外の動きに触れるように心がけています。また、システム構築と連携して仕事をするケースでは、システム担当者からくる要望を見て、勉強になることもたくさんあります。日々勉強です」。<br />
最初からダメと決めつけず、食わず嫌いの仕事を作らないようにするというのが、伊藤さんのモットー。一方では自分に付加価値を付けたいということで、語学（韓国語）の勉強をして、公私ともに興味のある範囲を着々と広げ続けている。<br />
伊藤さんにとっては、“時流に流される”ことは決してマイナス要素ではない。逆に“時流を見つめて”隙間となる仕事のニーズを探り、それに応えるべく柔軟に動くその姿勢は、今後も伊藤さんの大きな強みとなって可能性を広げるに違いない。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v43_p6.gif" /></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v43_p7.gif" /><br />
カフェのデザインツールをトータルで担当するのも夢のひとつだという</p>



●ATELIER TAM
WEB SITE　<a href="http://draw.cafe.coocan.jp/" target="_blank">http://draw.cafe.coocan.jp/</a>
北海道札幌市手稲区星置
Creator Profile　<a href="http://s-xing.jp/db/ind/prof0097.html" target="_blank">http://s-xing.jp/db/ind/prof0097.html</a>

取材・文　佐藤保子]]>
        
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    <title>ロケットデザイン 距離を超え、大手企業の壁を突破する営業活動の原点を知る</title>
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    <published>2008-03-07T10:03:52Z</published>
    <updated>2008-03-07T11:48:52Z</updated>
    
    <summary>
 「東京で自分の力を試したい」。地方都市在住のクリエイターが一度は抱く中央進出の夢を形に、憧れを行動に移しているものはどれだけいるだろうか。...</summary>
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        <name>Crossing</name>
        
    </author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="ロケットデザイン 距離を超え、大手企業の壁を突破する営業活動の原点を知る" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol42.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
「東京で自分の力を試したい」。地方都市在住のクリエイターが一度は抱く中央進出の夢を形に、憧れを行動に移しているものはどれだけいるだろうか。独立して9年目を迎える「ロケットデザイン」は札幌にいながらにしてベネッセや MdN、成美堂出版など数多くの大手出版社からの仕事を中心に活動中。「やったのは簡単なことばかり」と振り返るロケットデザインの顧客開拓術に、次の一手のヒントを探りたい。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v42_p1.jpg" /><br />
ロケットデザイン グラフィックデザイナー菊池信悟さん（32歳）</p>
<br /> 
<h5 class="subt">原点はホームページ、ブラジルからの依頼メール</h5> 元同僚の2人組、イラストレーターの渡部伸子さんとグラフィックデザイナーの菊池信悟さんが活躍する「ロケットデザイン」。まだ会社員時代の1998年から同名義でホームページを立ち上げ、ある日ブラジルから1通のメールを受け取った。内容は世界各国のクリエイターが自分の都市をテーマにウェブデザインをする<a href="http://www.mycity.com.br/" target="_blank">プロジェクト</a>への参加依頼。まさか、本当に？驚きと喜びの二重奏だった。<br />
「当時は個人のホームページづくりが流行り始めたころ。僕も夢中になっていろんな見せ方を試していましたが、まさかブラジルから反応があるとは思ってもいませんでした。このプロジェクトの後もイギリスやスペイン、ドイツ、イタリアなどヨーロッパ各地で出版されるアートブックにも作品提供の話がきました。自分たちの方向性を評価していただき、独立への後押しになりました」と菊池さんは語る。<br />
初期のプロフィール画面は正方形のパネルで覆われ、カーソルを近づけるとそのパネルが四方に飛び散った。現在のサイトにも車のイラストにカーソルを当てるとふわりと車体が浮き、続きは見てのお楽しみ…というユニークな仕掛けが隠されている。作品をただ並べて見せるだけでない遊び心を含んだサイトづくりは、じきに東京の出版社の目をも惹きつけた。雑誌にサイトが掲載されることでさらに新たな顧客を呼び込む。自分たちのクリエイティブを伝えるホームページからロケットデザインの躍進は始まった。<br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v42_p2.jpg" /><br />
「http://www.mycity.com.br/」図録。世界各国約40都市のサイトを掲載。日本からはロケットデザイン（札幌）のみが参加した。</p>
<br />
<h5 class="subt"> 担当者に作品ファイルを送り、感触を聞くの繰り返し</h5> サイトの人気が広がる一方で、イラストレーターの渡部さんは売り込みのための作品ファイルづくりに時間をかけた。掲載する作品を厳選し、出版社のストックスペースで他のファイルに埋もれてしまわないように表紙や背表紙にもひと工夫。一緒に仕事をしてみたい出版社に電話をかけ、誰宛てに送ればいいかを確認してから投函する。着いた頃に再び電話し、相手の感触を聞き出すという一連の手順を繰り返した。<br />
「渡部も僕も難しいことは１つもやっていないんです。はじめは僕らも不安だったので業界本を参考にし、ためらいながらも本の通りに実行しただけ。渡部は2000年に一度、30冊くらいファイルを送り、3年後にもまた新たな出版社宛に送付しました」。<br />
デザイナー志望の若者と話す機会もあるという菊池さんは、「“今度作品を見てください！”と元気良く言う学生たちに何人も会いましたが、その後で本当にファイルを送ってきた子はいまだゼロ。もったいない話です」と小さな一歩の重要性を説く。<br />
<br /> 
<h5 class="subt"> 仕事抜きで没頭、毎号の刺激を楽しむ「magnet」</h5> 東京の出版社のなかでも一編集部宛てに送付した渡部さんの作品ファイルは社内で回覧され、他の編集部からも依頼がくるという嬉しい効果を発揮した。道内でもロケットデザインの名は徐々に浸透し、現在は北海道新聞毎週日曜掲載の女性向け書評コーナー「リラ」のイラスト・デザインを担当。多忙な日々を送るなか、菊池さんが「これだけはやめられない」と深い愛情を注ぐのがフリーペーパー<a href="http://numero.txt-nifty.com/blog/magnet/index.html" target="_blank">「magnet」</a>だ。<br />
同誌は2002年に創刊。ウェブメディア<a href="http://numero.txt-nifty.com/blog/" target="_blank">「NUMERO DEUX」</a>主宰の石川伸一氏が編集長、菊池さんがアートディレクター兼デザイナーとなり、これまでにないメディアの発信を編集の柱とした。「magnetは1冊1テーマ。毎回テーマにあわせてページ数も版形も変えています。時間に追われるときもありますが、magnetをきっかけに人脈が広がりますし、毎号新しいアイデアを考える訓練になるので体がなまらない。仕事抜きで楽しんでいます」。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v42_p3.jpg" /><br />
隔月発刊フリペーパー「magnet」。大阪、札幌市内のカフェやライブハウスなど25カ所に配布。最新号は4月発行予定。</p>
<br />
<h5 class="subt">距離を言い訳にできないデジタル社会のなかで</h5> 「僕たちのクリエイティブの基本は、作品を第一に考えて楽しんで作ること。そうするとそれを見ている人は必ずいて仕事に繋がり、その経験が次の仕事を呼びます。どのように作品が掲載されてどんなふうに人の目に触れ、どんな反応をしてくれるのか。仕事でもオリジナルでも常にそれを意識した作品づくりを大切にしています」。<br />
2000年の独立以来、札幌、東京を中心に顧客を拡大してきたロケットデザイン。札幌在住の不自由を感じたことはないだろうか。<br />
「札幌の顧客とでも電話やメールでやりとりする時代に、札幌・東京間の仕事も不可能ではないというのが現状です。ただ、“声だけの知り合い”ではなんともさみしいので、もう少し余裕が持てるようになったらむこうのクライアントに顔を出す機会を増やしていきたい」と菊池さん。最近ではグラフィックの枠にとらわれずさまざまなジャンルで活躍する人々、野菜農家やワイナリーにも関心を寄せ、「異業種の方たちと一緒におもしろいことをやれたら」と新たな活動範囲を広げていきそうな勢いだ。待っていても仕事はこない。当たり前のことを真摯に貫くロケットデザインに営業活動の原点を見た。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v42_p4.jpg" /><br />
2008年1月末に発行『元気でキレイは口もとから』坂本洋介著（北海道新聞社）。アートディレクションを菊池さん、イラストレーションを渡部さんが担当した。</p>
<br />

●ロケットデザイン
WEB SITE　<a href="http://rocketdesign.org/" target="_blank">http://rocketdesign.org/</a>
〒060-0002 札幌市中央区北2条西14丁目1-1-104
TEL・FAX : 011-271-1227

取材・文　佐藤優子]]>
        
    </content>
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    <title>ワビサビ クライアントと両思いになれたときこそ最強です</title>
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    <published>2008-03-01T14:38:52Z</published>
    <updated>2008-03-14T05:30:43Z</updated>
    
    <summary>
 カラスとゴミが主役のカードゲーム「Crow and Trash」や、人体の臓器を思わせる有機的な曲線が特徴の新書体“ホルモン”。男性2人のデザインユニット「ワビサビ」の奇想天外な作品は地元札幌を軽々と飛び越え、東京、ニューヨークでも高い評価を集めている。...</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="ワビサビ クライアントと両思いになれたときこそ最強です" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol41.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
カラスとゴミが主役のカードゲーム「Crow and Trash」や、人体の臓器を思わせる有機的な曲線が特徴の新書体“ホルモン”。男性2人のデザインユニット「ワビサビ」の奇想天外な作品は地元札幌を軽々と飛び越え、東京、ニューヨークでも高い評価を集めている。そんなワビサビの2人もクライアントワークの葛藤とは決して無縁ではない。結成10年目を迎えた2人に、出会いから最新情報までを聞いた、とっておきインタビュー。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p1.jpg" /><br />
写真右から工藤“ワビ”良平さん（45歳）、中西“サビ”一志さん（42歳）</p>
<br /> 
<h5 class="subt">ホームを拠点に「ワビサビ」ブランドを確立</h5> 「ワビサビ」の拠点は、デザインプロダクション（有）ホームにある。工藤“ワビ”良平さんにはホーム代表、中西“サビ”一志さんには同社のアートディレクターという肩書きがある。これを理解しているクライアントからは「この仕事はワビサビさんにお願いしたい」「こちらはホームさんに」というように内容に応じた依頼がくるという。<br />
「ワビサビの出発点は自分たちがいいと思うものを自由に作るところからですが、活動の基盤はあくまでもホーム。その中でワビサビというブランドを育てていくスタンスです」と工藤さんは語る。ホームの立場からは1つの広告を作りきる総合力をアピールし、ワビサビの顔では研ぎすまされた完成度の高い創作性を前面に押し出していく。<br />
　「ニューヨークアートディレクターズクラブのアワードで銀賞をいただいたポスターでは“ホルモン”という書体を使っています。ホルモンをおもしろいと思ってくれそうな東京の大手企業を想定したポスターを作成し、自主プレゼンテーションをしたこともありました」。道内で引く手あまたの印象を受けるワビサビだが、こうしたビジネスにつなげるための地道な営業活動も日々行われているという。<br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p2.jpg" /><br />
2006年の85TH NY-ADC AWARD銀賞を受賞したポスター</p>
<br />
<h5 class="subt"> 自由奔放な職業イメージを白紙に戻した新人時代</h5> 工藤さんと中西さんの出会いは今から21年前にさかのぼる。ADの工藤さんが勤めるデザインプロダクションに新人デザイナーの中西さんが採用されたのがきっかけだ。「そのときの経営者にスパルタ教育で鍛えられました」と当時を振り返るのは工藤さん。1980年代、グラフィックデザイナーの社会的な地位は低く、報酬も安く見られる状況に一石を投じようとしたその経営者は、自分たちにも職業人の自覚と厳格さを徹底した。「ミュージシャン志望で長髪だった僕は怒られて、入社三日目で丸坊主（笑）。靴のかかとを踏んづけて入ってきたカメラマンがそのまま追い返されたこともありました。人前に出て働くための必要最低限のことを学んだ時期でした」。<br />
　その後、工藤さんは広告代理店に移り、中西さんは次のデザインプロダクションに転職。元先輩の工藤さんに中西さんが年賀状を送る程度のつきあいが7年間続いたのちの1994年、「一緒に4プラの仕事をやらないか」、疎遠だった2人の距離を縮めようと動き出したのは意外にも工藤さんのほうだった。<br />
<br /> 
<h5 class="subt">「4プラ」との長くて深い軌跡が大きな財産に</h5> <a href="http://www.4pla.co.jp/index.html" target="_blank">4丁目プラザ</a>は札幌オリンピック開催年の1971年に開業。若者の流行発信スポットとして「4プラ」の愛称で慕われ続けている大通界隈のシンボル的な存在だ。その4プラを担当することになった工藤さんはデザイナーの起用にあたり、中西さんを抜擢した。「新人の頃から彼は独創的でしたし、人としても実直で好きなタイプ。一緒におもしろいことをやるなら中西だという想いで声をかけました」。当の中西さんはそのときデザイナー8年目。「もちろん“光栄だ”というのが率直な気持ちでしたが、今みたいに札幌ADCがなく、横のつながりが薄かった時代に“自分はどのへんを走っているのか”知りたい気持ちもあって、工藤さんの話を受けることにしました」と当時の心境を語る。<br />
　そこから始まった工藤・中西コンビに寄せる4プラの信頼はひときわ厚く、18年を経た今も仕事は続いている。「4プラさん抜きでは現在のホームもワビサビも語ることはできません。中でも“どれだけクライアントを愛せるか”を自分に問い続けた経験はかけがえのない財産です。ベタベタにならず一定の距離を保ちながらクライアントと“両思い”になるのは非常に難しいことですが、だからこそそうなれたときは強い。苦しい場面でも真剣に向き合っていけるということを教えていただきました」と工藤さんはいう。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p3.jpg" /><br />
4プラ1997年作、イラストは中西さんが担当した。</p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p4.jpg" /><br />
「納品して終わりではなくそこからが新たなスタート。考える作業に終わりはないですね」と工藤さん</p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p5.jpg" /><br />
「自分のデザインが大きく世に出ることをはっきりと意識した仕事は4プラが初めてでした」と中西さん</p>
<br />
<h5 class="subt">周囲や時間に流されない“ひっかかり”を育む</h5> 1999年にワビサビを結成し、翌2000年には工藤さんを代表にホームが誕生。2人の創作活動は日々のクライアントワークや締切りに追われる中で続いていく。「例えば、ワンシーズンの広告をやりきるには膨大なエネルギーを使います」と中西さん。「広告には大勢の人が関わります。自分が愛着を持てるデザインやアイデアでないと完成まで保たせることはできません。周囲や時間にサラサラと流されていけば自分の中に何も残らず、出来上がったものへの執着までもなくなってしまう。この仕事にはそうした状況に陥らないようにする自覚が人一倍必要です」とクリエイティブの難しさを指摘する。<br />
　ワビサビ初のオリジナルカードゲーム「Crow and Trash」（2004）はなんとカラスとゴミが主人公。ユニークな発想とリアルなデザインが評判を呼び、現在は国立新美術館のスーベニア・フロム・トーキョーやニューヨークのNEW MUSEUMのミュージアムショップでも販売されている。2008年4月には恵比寿のギャラリー<a href="http://www.gooddesigncompany.com/" target="_blank">（g）</a>で個展も開催、新作も発表される。<br />
　いいものはとかく逆輸入されがちな札幌だが、ワビサビのクリエイティブこそ地元から胸を張って世界にアピールし続けたい。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p6.jpg" /></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v41_p7.jpg" /><br />
2004-SapporoADCグランプリほか多数の賞に輝いた「Crow and Trash」。2007年のクリスマス時期にはフランスの子ども雑誌「バンビ」でも1Pに渡って紹介された。</p>

●ワビサビ
WEB SITE： <a href="http://www.homeinc.jp/" target="_blank">http://www.homeinc.jp/</a>
〒060-0063 札幌市中央区南3条西8丁目大洋ビル2階　有限会社ホーム
TEL : 011-271-6666
FAX : 011-280-5111
E-mail : wabi@homeinc.jp

取材・文　佐藤優子]]>
        
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    <title>有限会社fill  写真作家・山田さとみ-人の匂いのある写真が好き</title>
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    <published>2008-02-13T06:50:37Z</published>
    <updated>2008-02-13T13:16:39Z</updated>
    
    <summary>
 有限会社fillの代表、写真作家の山田さとみさんは、前職がCA(キャビンアテンダント)というユニークな経歴を持つ。広告写真、雑誌媒体、ブライダル、子ども撮影会など、多彩な分野で活躍し...</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="有限会社fill  写真作家・山田さとみ-人の匂いのある写真が好き" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol40.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
有限会社fillの代表、写真作家の山田さとみさんは、前職がCA(キャビンアテンダント)というユニークな経歴を持つ。広告写真、雑誌媒体、ブライダル、子ども撮影会など、多彩な分野で活躍し、日常の一コマを形に残すホームカメラマンとしてのファンも多い山田さんを訪ね、写真作家の仕事についてお話を伺った。 <br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v40_p1.jpg" /><br />
有限会社fill　代表　山田さとみさん</p>
<br /> 
<h5 class="subt">華麗なる！？転身</h5> 社会人となって就いた最初の職業はCA。バブル時代に、日本各地の空を飛び、東京での生活を謳歌していたが、4年目にして、ふと「これは私の天職ではないなぁ」と感じ始めた。<br />
一方、写真は昔から好きで、高校生の頃にはコンパクトカメラを持ち歩き、学校の行事や、友人と出かけたときに写真を撮っては、皆に配っていた。「喜んでもらえるのが嬉しかった。シャイな性格だったので、写真をあげることが人とのつながりを作るひとつの方法だったのだと思います」。<br />
やがてコンパクトカメラでは満足できなくなり、社会人になってすぐ、キャノンの一眼レフカメラを購入。写真への興味は着々と広がっていった。そんなある日、搭乗してきたお客様の中に、いかにも撮影機材らしきものを手にしたカメラマンを発見。接客しつつも話がはずみ、漠然とあこがれを抱いていたカメラマンの生活を垣間見た。山田さんの頭の中に“カメラマンになりたい”という想いがインプットされたという。<br />
社会人になって4年間の生活をふと振り返ったときに、まるで学園祭の準備で盛り上がる学生のように、いろんな意味で走り続けていた自分に気づく。このままでは価値観までも変わってしまうような気がした山田さんは、「原点に帰ろう」という想いから、札幌へもどることを決意した。<br />
札幌での最初の仕事は、TV番組制作プロダクションのムービーのカメラマンだったが、スチールとムービーの違いを知り退職。その後は、いろいろなアルバイトをする中で、雑誌編集の仕事なども経験した。そしてある日、出席していた友人の結婚式を撮影していた写真館への就職が決まる。念願のプロカメラマンとしての一歩を踏み出し、ブライダル写真を専門に少しずつ腕を磨く毎日だったが、他の分野にも挑戦したいという想いから、1997年、独立してフリーカメラマンとなる。<br />
<br /> 
<h5 class="subt"> 様々な現場でアシスタントとして腕を磨く日々</h5> フリーカメラマンとして独立した後には、次なる試練が待っていた。ブライダル以外の撮影経験がない山田さんには、「カメラマンなら何でも撮れるだろう」というお客さんから来る仕事の一つ一つにとまどう日々。色々な人に聞いたり、本を読んだりと必死に仕事をこなしていた。その頃、必要な機材を調達するためにプロショップに通い、ウィンドウにぴったりと張りついて見ていた山田さんに、店員さんが声を掛けてきた。「独立したばかりで・・・」と事情を話すと、馴染みのスタジオへ声をかけ、アシスタントの仕事を紹介してくれたという。<br />
「色々なスタジオにお邪魔しました。現場は、アシスタントに仕事を教えるというよりも、見て自分で勉強するのが当たり前というような厳しい雰囲気があって、わからないことがあっても簡単に聞くことはできませんでした。それでも私の場合は、『お前にはできないだろうから』と言いながら、いろいろなノウハウを教えてもらうことができました。師匠がいないということがコンプレックスでもあったのですが、反面、この時期にいろいろな現場を見ることができたことは、貴重な経験だったと思います」。<br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v40_p2.jpg" width="300" height="206"></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v40_p3.jpg" width="300" height="201"></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v40_p4.jpg" width="300" height="449"><br />
海外で撮影した写真から、近くの公園で見つけた瞬間を切り取った写真まで。日常のシーンも山田さんの写真でアートに変わる！</p>
<br /> 
<h5 class="subt">事務所をシェアしつつさらに技術を学ぶ</h5> いろいろな人との出会いがきっかけで、プロカメラマンの世界へ、そして独立、現場への参加と着実に歩みを進めてきた山田さん。2001年には、スタジオキャパのフォトグラファー・辻野正人さんと事務所をシェアするという形で、スタジオを持つことになった。<br />
「辻野さんはすごいキャリアのある方なので、同じ事務所で仕事を見せてもらえることは、願ってもない勉強のチャンスでした」。<br />
その後も、山田さんのスタジオは、スペースや建物を他の会社とシェアしながら存在してきた。現在も、ロケーションコーディネート会社やデザイン事務所、カメラマン、撮影スタジオが入居する3階建のビル内にあり、手作りの内装や家具がアーティスティックな空間を作り出している。<br />
「このビルに入居したての頃は、入居者みんなでアマチュアバンドのプロモーション・ビデオを企画して撮影したりもしていました。最近はそれぞれが忙しくてなかなかできないですが、たまに集合がかかって、駐車場でバーベキューをすることはありますね。仕事柄もありますが、皆さん多才で、話をしていても刺激になります」。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v40_p5.jpg" /><br />
白を基調に木のデスクが並ぶ山田さんのオフィス。手作りの内装が心地よい空間を作り出している。</p><br />

<h5 class="subt">改めて原点を見つめ直し次なるステップへ</h5> 2006年2月に有限会社fillとして法人化して、以来、代表取締役としての顔も持つことになった。<br />
「1人でできることには限界があるし、『3人寄れば文殊の知恵』というように、スタッフと協力して新しいオリジナルの仕事を創りたいなと思いました」。<br />
こうした野望を持ちながらも、山田さん自身は、多彩な仕事をこなしてきた。プロカメラマンとしてスタートしてからずっと走り続け、法人化した後は、会社として考えなければいけないことも頭の中をいっぱいにしていた。そして、今また次なるステップに向けて、「原点」を見つめ直している。<br />
「いろいろなことを考えなければいけなかったり、思い描いていたこととは違う方向になりそうだったりしたときに、原点に戻ることで、また次のステップを踏み出せるパワーがわいてきます。最近はずっとご無沙汰していた写真展の話があったりするので、久しぶりにそれを意識した写真を撮ってみようかなと思っています。そうすると、またいろいろな楽しみが広がってくるんです」。<br />
コンセプトを持って作品からメッセージを発信していく写真展もあるが、山田さんはそれとは逆発想で、「私の写真を見てくれた人はどう思うのかな？というのが楽しみだ」という。<br />
ウエディングの写真を撮るときにも、まず気持ちを優先し、それに技術をプラスしていくのが山田さんの撮影スタイルだ。そんな写真を見て、口コミで個人のお客さんから仕事の依頼もあり、中には、赤ちゃんが生まれた年に年賀状の写真を依頼され、その後、7年間、撮り続けているという。<br />
「何気ない日常の１シーンは、当たり前ではなくて、その家族にとっては大切なシーンだと思うんです。その瞬間を撮って形に残すお手伝いがしたいですね。ホームドクターがあるようにホームカメラマンがあってもいいかなと」。<br />
自分の職業を名乗るなら“写真作家”という言葉がしっくりくるという山田さん。写真作家・山田さとみさんの作品には、幸せなストーリーがあふれているに違いない。<br /><br />

●有限会社fill
住所：〒060-0033　札幌市中央区北3条東3丁目　フジミツビル3F
WEB SITE： <a href="http://www.fill-zip.co.jp/" target="_blank">http://www.fill-zip.co.jp/</a>

取材・文　佐藤保子]]>
        
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    <title>有限会社 叶多プランニング 「札幌から世界へ」って本当ですか？ 答えはここに！</title>
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    <published>2008-01-31T10:17:34Z</published>
    <updated>2008-02-01T02:49:07Z</updated>
    
    <summary>
 企業とクリエイターのマッチングをサポートするのが目的です、とこちらが先に取材の主旨を説明すると「一緒ですね！」叶多（かなた）プランニング代表・平塚智恵美さんの眼が輝いた。</summary>
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        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="有限会社 叶多プランニング 「札幌から世界へ」って本当ですか？ 答えはここに！" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol39.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
企業とクリエイターのマッチングをサポートするのが目的です、とこちらが先に取材の主旨を説明すると「一緒ですね！」叶多（かなた）プランニング代表・平塚智恵美さんの眼が輝いた。「当社のイベント事業やアート事業の目的も同じこと。札幌のものづくりを世界に届けたい」。木工や陶芸、ガラス、金属、テキスタイルなどジャンルを問わず100名近くのクリエイターとのパイプを持つ叶多プランニングの活動を追う。 <br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v39_p1.jpg" /></p>
<br /> 
<h5 class="subt">月刊誌の編集を通じて新壮年世代の魅力を実感</h5> 平塚智恵美さん率いる有限会社叶多プランニングの前身は、月刊フリーペーパー「アラタ」の編集部だった。ターゲットは40代から60代までの“新壮年世代”。生活や健康、趣味の話題などをオールカラー24Pで紹介した。1999年9月に創刊してから約5年間、54号を出し続けた。<br />
「『アラタ』の編集をしながら私が感じたのは、新壮年世代の方々はものを買うとか使う、見るという場面でとても鋭敏な感性を持っているということ。その世代の女性がお財布のひもを握っていると言われるのも、選ぶ基準や自分の意識をしっかり持っているから。衣食住をトータルに考えて暮らしというものを見つめています。しかも自分だけがよければそれでいいというのではなく、環境や平和といった次世代のことも真剣に考えている。そんな新壮年世代の魅力をあらためて実感できた5年間でした」と平塚さんは振り返る。<br />
この「アラタ」で得た経験を生かそうと編集部の仲間とともに新会社を設立。2005年に叶多プランニングが誕生した。<br />
<br /> 
<h5 class="subt"> 128名が応募、毎日持ちたいエコバッグコンテスト</h5>新会社では編集・出版・広告事業部の他に、「札幌のクリエイティブで新たな人材が育っていける環境づくり」を目的にイベント事業、アート事業を立ち上げた。手始めに2006年の秋、新企画<a href="http://www.ch-hokkaido.net/ecodesign/2006/" target="_blank">「北海道エコバッグ＆ふろしきキャンペーン」</a>を立案した。<br />
期間中には「北海道発エコバッグデザインコンテスト」も開催。私たちが日常生活で使うレジ袋の数は一人当たり年間約300枚と言われている。資源をもっと大切に、という理屈だけでは人はなかなか変わらない。ならば常備したくなるようなエコバッグを自分なりに考えてみようと広く呼びかけた。<br />
結果は初回にもかかわらず「老若男女あらゆる世代から」128点もの応募作品が集まり、入賞作品は実際のバッグに仕上げて展示された。応募者の中には「日頃から過剰包装に疑問を抱いていた」60代の男性や「デザインははじめて」の70代の女性もいたという。<br />
誰もが気軽に参加できるものづくりの場が求められている。大きな手ごたえをつかんだ平塚さんは立ち止まることなく次の一歩を踏み出した。<br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v39_p2.jpg" /><br />
エコバッグデザインコンテストの審査委員長は建築家の中村好文氏（右から3人目）。</p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v39_p3.jpg" /><br />
「入賞13作品発表展」では応募128点全てのデザイン画も紹介された。</p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v39_p4.jpg" /><br />
2007年は公開審査で開催された。</p>
<br /> 
<h5 class="subt">世界的なリサイクルブランド「SECCO」を札幌に招へい</h5> 2007年、「北海道エコバッグ＆ふろしきキャンペーン」はより幅広い視野をもった「SAPPOROエコデザインプロジェクト」に生まれ変わり、平塚さんは実行委員長の立場でプロジェクトをけん引した。エコバッグデザインコンテストも「エコデザインアワード2007」に改称され、エコバッグとふろしき部門の他に文房具、インテリア・キッチン、アクセサリー、その他の生活用品の4部門が追加された。<br />
このとき、平塚さんにはもう一つの目的があった。それは世界的に有名なフィンランドのリサイクルブランド<a href="http://seccoshop.jp/">「SECCO」</a>を札幌で紹介すること。「雑誌でSECCOの記事を読み、すぐに連絡をとりました」という電光石火の行動力で“北海道初”の企画を実現。リサイクルデザインを身近に感じてもらうきっかけに、と創設者ニーナ・パルタネンさんを招き講演会や展示・販売会を行った。<br />
「よく“札幌から世界へ”という言葉を耳にしますが、正直なところ本当なの？（笑）と思ったりしませんか」。そこは有言実行派の平塚さん。「エコデザインアワード2007」でSECCO賞に輝いた作品「エコテトラ」は現在フィンランドのSECCOショップで実際に展示・販売されているという。同社とは今後も足並みを揃えた活動を計画中だ。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v39_p5.jpg" /><br />
エコデザインアワード2007」グランプリとSECCO賞をダブル受賞したニーウン・ペツガラス美術研究所 楠本由美作「エコテトラ」。楠本さんは北広島市の工房で活動中。</p><br />

<h5 class="subt">世界に眼を開き、自分を売り込む勇気を持つこと</h5> 2008年1月には「エコデザインアワード2007」の巡回展と同時に、道内外75人の作家による「暮らし愉しアート＆クラフト・マーケット〜心温まる暮らしのものたち〜」を開催した。年初のセール時期にあえてぶつけた訳は「流行のものとは違う、長く愛着をもって使えるものたちにも触れてほしかったから」と平塚さん。会場には6日間で5,000人が訪れた。<br />
最後に若手クリエイターへのメッセージをお願いすると、「一番伝えたいことは、世界への扉を開こうという夢を持ってほしい。自分の作品力を高めるために他の方の作品を見て眼を養い、次回は自分も参加したいと思える展覧会には気後れしないでどんどん自分の作品を売り込んだらいいと思います。今年6月から始まる『エコデザインアワード2008』の作品募集にもぜひ応募してください。一緒に夢を叶えていきましょう！」と語ってくれた。<br /><br />

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v39_p6.jpg" /><br />
事務所の一角にある「kanata art shop」。誰でも気軽に立ち寄れる。</p>
<br /> 
●有限会社 叶多プランニング<br />
WEB SITE　<a href="http://www.kanata-planning.com/" target="_blank">http://www.kanata-planning.com/</a> <br />
〒060-0042 札幌市中央区大通西5丁目大五ビル6階<br />
TEL : 011-219-3988<br />
FAX : 011-219-3989<br />
<br />
取材・文　佐藤優子]]>
        
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    <title>株式会社　ニューピークフィルム 札幌発！デジタルコンテンツ制作の人材育成の場へ デジタル工房リニューアルオープン</title>
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    <published>2008-01-15T12:53:27Z</published>
    <updated>2008-01-16T01:04:40Z</updated>
    
    <summary>
 札幌市デジタル創造プラザ（ICC）内の「デジタル工房」が2008年1月15日にリニューアルオープン。ハイビジョン映像の制作に特化した環境を整備し、若手クリエーターを支援するサポート機能も充実させた。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="株式会社　ニューピークフィルム 札幌発！デジタルコンテンツ制作の人材育成の場へ デジタル工房リニューアルオープン" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol38.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
札幌市デジタル創造プラザ（ICC）内の「デジタル工房」が2008年1月15日にリニューアルオープン。ハイビジョン映像の制作に特化した環境を整備し、若手クリエーターを支援するサポート機能も充実させた。新しい「デジタル工房」の基本設計・運営には、ICCのサポーター企業でハイビジョン映像制作を業務とする（株）ニューピークフィルムが参加。担当した藤原さんに、リニューアルのポイントや、同社の今後についてなど、お話を伺った。 <br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v38_p1.jpg" /><br />
デジタル工房Ａルーム</p>
<br /> 
<h5 class="subt">ハイビジョン映像の制作環境を整備</h5><a href="http://www.icc-jp.com/" target="_blank">札幌市デジタル創造プラザ</a>（インタークロス・クリエイティブ・センター：以下ICC）内に設置されている「デジタル工房」が、2008年1月15日にリニューアルオープンした。映像、音声等の制作・編集機器を備えた「デジタル工房」は、2003年3月からICCに設置されており、市内クリエーターの創作活動支援の場として利用されてきた。<br />
今回のリニューアルでは、既存の機器類を最大限に活かしながらも、現在の制作環境に必要なパソコン、編集ソフト、機動性の高いビデオカメラシステムなどを導入し、ハイビジョン映像の制作に特化した環境を整えた。<br />
リニューアルにあたってのシステムの特徴は３つ。１つ目は、北海道初となるアップル社のXsanシステムによる「大容量サーバーを導入」し、2系統の編集システムで同時に１つの作品の編集が可能となった。2つ目は、HDCAM、βCAM、DVC PRO HD、Ｐ２カード、HDV/DVCAMなどの「多様なフォーマットに対応」し、PAL方式にも対応した。3つ目は、小型・軽量カメラ、音声やSE収録用の機器を導入し、貸し出し機器を充実させることで「機動性の高いシステム」とした。<br />
オープン前に実施された見学会には、若手クリエーターが多数参加し、施設内容の詳細説明に熱心に聞き入る姿が見られた。<br />
<br /> 
デジタル工房の詳細についてはこちらをご覧ください。<br />
●<a href="http://www.icc-jp.com/ja/rent/digitalkobo.html" target="_blank">デジタル工房利用について</a><br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v38_p2.jpg" /><br />
見学会の様子</p>
<br />
<h5 class="subt">“システムを使う”よりも“作品を作る”場になるようなサポートを</h5>今回のリニューアルでは、ハード面の整備のほかに、人材育成の充実にも力を入れている。そのために、クオリティーの高い作品ができることに加えて、使いやすさも考慮した機材が導入された。その基本設計と今後の運営に携わる（株）ニューピークフィルムの藤原さんに、お話を伺った。<br />
「使いやすい機材をそろえているので、すでに制作経験のある方々はそれほど苦労することはないと思いますが、あまり機材に詳しくない人たちもしっかりフォローしていきたいと思います。年間に5～6回はセミナーなどを開催し、ストレスなく作業できるようにガイダンスしていきたいと思っています」。<br />
さらに、今回のリニューアルでは、パナソニックSSマーケティング社が展開する<a href="http://d-juku.aa0.netvolante.jp/du/" target="_blank">ワークショップスタジオDU</a>や<a href="http://www.apple.com/jp/" target="_blank">アップルジャパン（株）</a>とも連携し、若手のデジタルコンテンツ・映像クリエーターに向けた支援プログラムも充実させた。<br />
「ハイビジョン映像の編集システムが充実したのに加えて、音声の編集ができる（MA）環境も整ったので、企画、撮影、映像編集、効果音・ナレーション編集、音楽制作・編集と、多彩な作業が複数の手によって同時進行でできるようになっています。各分野のスタッフがコラボレーションしてひとつの作品を完成させることが可能な環境でもあるので、この環境を最大限に活かした面白い作品が生まれるのも楽しみです。“システムを使う”というよりも“作品を作る”場になるようなサポートしていきたいと思っています」。<br />
今年9月に第3回目の開催が予定されている<a href="http://sapporoshortfest.jp/" target="_blank">札幌国際短編映画祭</a>など、既存にあるイベントなどとも連携して、制作した作品の発表の場なども広く検討し、デジタルコンテンツ・映像・映画に関する人材の育成を盛り上げていく考えもあるという。<br />
<br /> 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v38_p3.jpg" /></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v38_p4.jpg" /></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v38_p5.jpg" /><br />
上から、マシンルーム、Ｂルーム、サーバ室</p>
<br /> 
<h5 class="subt">ハイビジョン撮影の老舗（株）ニューピークフィルム</h5>「デジタル工房」の基本設計・運営に参加する<a href="http://www.newpeak.jp/" target="_blank">（株）ニューピークフィルム</a>は、7年前の会社設立当初から、一貫してハイビジョンシステムによる撮影・編集・番組企画・制作を行っているハイビジョンのスペシャリスト企業。NHKの「ダーウィンが来た！」「さわやか自然百景」、HTBの「北海道遺産物語」など、テレビでおなじみの番組の撮影、制作も手がけている。<br />
4年前からICCに入居しており、現在はサポーター企業として「デジタル工房」の運営にも参加することとなった。<br />
<br />
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v38_p6.jpg" /><br />
（株）ニューピークフィルム　藤原聖士さん</p>
<br />　
 「ICCに入居後、デジタル工房を利用させてもらいながら、改善すべきところが見えていました。今回のリニューアルで、ストレスなく作業ができる環境が整えられたし、長時間作業にも耐えられる快適な雰囲気にもなりました。当社としても、デジタル工房で今後もサンプル作品の制作や、実験的に独自の作品をいろいろ作って番組などでも見てもらえればと思っています」。<br />
同社は、今まで撮りためたオリジナルのハイビジョン映像ライブラリーの販売も3年前から展開しており、幕張メッセで毎年開催されている<a href="http://www.inter-bee.com/ja/" target="_blank">国際放送機器展(InterBEE)</a>にも出展してＰＲに力を入れている。<br />
「InterBEEには、海外からの来場者も多く、ライブラリーの展開は、日本国内だけでなく、香港や台湾などともビジネスしています。また、ハイビジョン映像は、今まではモニターする環境が限られていたのでプロを対象としたビジネスでしたが、今後はBlu-ray DiscやHD DVDなどで作品を販売し、もっとたくさんの人にも見てもらいたいと思っています。ハイビジョン映像ならではの今までは見られなかった映像を楽しんでもらいたいです」。<br />
自然を撮影している中で、いつかは地球規模の映像を映画にしたいという藤原さん。「藻岩山の映像を2年程撮り続けていて、さらに5年や10年の歳月をかけて動植物の生態系を記録することができれば、面白い映画ができると思います。そのためには、スポンサーも必要ですが・・・」。<br />
ハイビジョンの映像を撮り続けてその魅力を知り尽くしたプロたちが、若手の映像クリエーターたちを応援。デジタル工房がその拠点となり、今後のデジタルコンテンツや映像産業を担う人材がこの場所から生まれることを期待したい。<br />
<br /> 
●株式会社ニューピークフィルム<br />
住所：〒062-0901　札幌市豊平区豊平1条12丁目1-12  札幌市デジタル創造プラザ201<br />
WEB SITE　<a href="http://www.newpeak.jp/" target="_blank">http://www.newpeak.jp/</a><br />
Creator Profile　 <a href="http://s-xing.jp/db/unit/prof0016.html" target="_blank">http://s-xing.jp/db/unit/prof0016.html</a><br />
<br />
取材・文　佐藤保子]]>
        
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    <title>想像工房　工房長　吉住弘之 : 作家の自分をデザイナーの自分がプロデュース</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://s-xing.jp/featcms/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=39" title="想像工房　工房長　吉住弘之 : 作家の自分をデザイナーの自分がプロデュース" />
    <id>tag:s-xing.jp,2007:/feat//1.39</id>
    
    <published>2007-12-28T15:09:03Z</published>
    <updated>2007-12-29T00:48:20Z</updated>
    
    <summary>
 札幌では数少ない、立体作品を得意とするデザイナーの吉住弘之さん。扱う素材は発泡スチロールや金属、粘土など多種多彩。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="想像工房　工房長　吉住弘之 : 作家の自分をデザイナーの自分がプロデュース" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol37.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
札幌では数少ない、立体作品を得意とするデザイナーの吉住弘之さん。扱う素材は発泡スチロールや金属、粘土など多種多彩。空間演出の腕を見込まれ、札幌PARCOやイシヤチョコレートファクトリーのウィンドウディスプレイといった大手企業との仕事を手がける一方で、造形作家の顔も持つ。工房ではなまめかしいフォルムのオリジナルフィギュアたちが世に出る日はまだかと心待ちにしているようだった。 
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v37_p1.jpg" /><br />
デザイナー・造形作家の吉住弘之さん（45歳）</p>
 

<h5 class="subt">流されていく毎日にピリオド、立体の世界へ</h5>図工の時間が待ち遠しかったという吉住弘之さんの小学生時代。夏休みの自由研究では「吉住は何を作ってくるんだ」とクラス中の期待が集まるほど、ものづくりの才能は際立っていた。<br />
札幌造形デザイン専門学校を卒業後、デザイン会社に就職したものの「若気のいたり」で2、3週間後には行かなくなった。イラストレーターを目指し、生活費は建築現場などのアルバイトで稼ぐ日々が続いた。
「でもね、そういう生活が長くなると本当に進みたい方向と違う方へ、違う方へと道がどんどんズレていく。自分はどうなってしまうんだろう、軌道修正しなければと思って就職情報誌をめくっていたら、ディスプレイ会社の求人を見つけたんです」。<br />
イラストやグラフィックデザインの二次元を飛び出し、初めて挑戦するオブジェづくりやディスプレイの世界。この世にひとつしかない“生のもの”を自分の手で作り上げていく立体のおもしろさに吉住さんは魅了されていった。その後30歳で独立し、インスタレーション & ディスプレー・デザインワークス「想像工房」を設立。制作にのみ専念できた会社員時代に終止符を打ち、営業活動という新たな責務を負うことになった。<br />
 
 
<h5 class="subt">縁が導く取引先との出会い、勝負を決める1回目</h5>前職での実績や人脈はフルに活用した。見知ったところには開業の挨拶に行き、関係者が集まりそうなパーティーにも顔を出した。そうした地道な営業活動が実り、独立後初めてのウィンドウディプレイの仕事が札幌PARCOだった。<br />
「どんな小さな仕事でも一回やらせてもらえれば、自分の力をアピールできる。このときも相当力をいれましたから、おかげで1993年から1996年までと長く担当させてもらえることになりました。それっきりの関係になるか、その後も続くか、一回目が肝心です」。<br />
グループ展のスペースを借りるつもりで訪れたJTインフォプラザでは、前の会社での実績が買われて、逆にディスプレイを依頼されるという幸運も。前からぜひ手がけてみたいと営業先の候補にあげていたイシヤチョコレートファクトリーは、知人の紹介で当時のトップに直接プレゼンする機会を得、見事ゴーサインをもらった。取引は現在も続いている。<br />
「僕にすべてのチャンスを与えてくれたのは、人と人とのつながり。これに尽きる。いろんな人との出会いに支えてもらって今の僕があるんです」と振り返る。<br />
  
　
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v37_p2.jpg" /><br />
1993札幌PARCOX’mas</p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v37_p3.jpg" /><br />
1995札幌PARCOバレンタイン</p>


<h5 class="subt">ガラス越しに広がる夢の世界で魅了する</h5>吉住さんにディスプレイの魅力を教えてくれた心の師がいる。現在も札幌を中心に活躍する松本純一氏だ。
「松本さんのディスプレイ展を見たとき、こんなにおもしろいことができるのかと感動した。見る人に“夢を見せる”のがディスプレイの使命です。松本さんの仕事を見て、自分もこういう仕事がしたいと火がつきました。松本さんのところに営業にも行きましたし、何度か一緒に仕事をさせてもらえる機会もいただきました。ディスプレイに限らず、夢がいっぱい詰まった作品をこれからもつくり続けていきたいです」。
造形作家としても活動する吉住さんだが、クライアントワークのときは「作家の吉住をデザイナーの吉住がプロデュースする」姿勢を貫いている。さまざまな制約を楽しみながら想像の羽を広げる絶妙なバランス感覚が、クライアントから厚い支持を集めている。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v37_p4.jpg" /><br />
重厚感あふれる亀も実は発砲スチロール製。「扱いやすい素材だけど後片付けが大変（笑）」と吉住さん。
　
<h5 class="subt">ウェブ展開を待つオリジナルキャラクター</h5>現在は人形や立体イラストレーション、オブジェ、模型などの依頼を受けるかたわら、ウェブデザインも始めた吉住さん。「百貨店や企業も余裕がない今の時代にディスプレイの依頼を待つばかりでは限界がきっと来る。ウェブの仕事を増やすだけでなく自分のサイトも、もっとおもしろく活用できないか模索中です」。
すでに頭に浮かんでいるのは、ブタとウサギ、ネコを擬人化したキャラクターからなるスリーピースのガールズバンド。フィギュアの販売や動画などさまざまな可能性を秘めたオリジナルキャラクターだ。
「オリジナル作品はほとんど自己愛の世界（笑）。自分がつくったものが世に受け入れられないわけはないという気合いで作っています。作品は生モノ。構想が逃げたり、飽きてしまわないうちに完成させないと途中で終わってしまう。頭ではわかっているんですが、これを実行するのが実は一番難しいことなのかもしれません」</p>

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v37_p5.jpg" /><br />
バンドデビューの日も待ち遠しいオリジナルキャラクター<br />

●想像工房
WEB SITE　<a href="http://www.sozo-art.com/" target="_blank">http://www.sozo-art.com/</a>
Creator Profile　 <a href="http://s-xing.jp/db/ind/prof0055.html" target="_blank">http://s-xing.jp/db/ind/prof0055.html</a>

取材・文　佐藤優子]]>
        
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    <title>キュウイフィルム　客席の笑い声が「作ってよかった」瞬間</title>
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    <published>2007-12-12T07:06:24Z</published>
    <updated>2007-12-12T08:49:10Z</updated>
    
    <summary>
 粘土で作成したキャラクターを1コマずつ撮影して完成させるクレイ・アニメーション（以下クレイアニメ）。キュウイフィルムは、札幌では珍しいクレイアニメを制作するグループだ。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="キュウイフィルム　客席の笑い声が「作ってよかった」瞬間" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol36.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
粘土で作成したキャラクターを1コマずつ撮影して完成させるクレイ・アニメーション（以下クレイアニメ）。キュウイフィルムは、札幌では珍しいクレイアニメを制作するグループだ。オリジナル作品「KUROMAME（クロマメ）」は、第2回札幌国際短編映画祭 SAPPORO SHORT FEST 2007の「最優秀チルドレン・ショート賞」、東京国際アニメフェア2007アニメアワードの公募部門「特別賞」を受賞し、各地で注目を集めている。今回は、撮影中のスタジオにお邪魔して、クレイアニメの魅力や作品、今後の展開についてスタッフの皆さんからお話を伺った。
 
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v36_p1.jpg" /><br />
キュウイフィルムの皆さん<br />左から二平さん、佐藤さん、斎藤さん、河部さん</p>
 

<h5 class="subt">「粘土で何かしたいね！」から始まった</h5>美術関係の専門学校を卒業している斎藤栄子さんは、今から7年ほど前のある日、学生時代の友人にばったり街で出会った。<br />
「その友人と“粘土で何かしたいね”という話で盛り上がり、それがクレイアニメを始めたきっかけです。それから、粘土が好きな人たちが自然に集まってきて、いろいろ入れ替わったりもしながら、今の形になりました。」（斎藤さん）<br />
現在のキュウイフィルムのスタッフは、代表の斎藤栄子さん、監督の河部勝敏さん、キャラクターデザイン・制作担当の佐藤由香里さん、イラスト・アニメーション担当の二平瑞樹さんがコアメンバー。CM制作、映像関係、会社員と、それぞれが別の仕事をしながら、週末に集まって、クレイアニメの制作にとりくんでいる。また、このほかにも、制作・編集をはじめ、音楽スタッフなど、たくさんの協力者がバックアップしてくれている。<br />
スタートした頃は、斎藤さんが設立したCM制作会社「View」のオフィスを拠点として、札幌の企業のCMをクレイアニメで制作していた。<br />
「始めたばかりの頃は、何も知らずに手探り状態でした。撮影したものを見てみると地震のようにぐらぐらしていました（笑）。台を固定するということも知らなかったんです。CM制作をする現場で、プロのカメラマンや照明さんと一緒に仕事をしながら、その技術や機材などを見て、いろいろなことを学びました。」（河部さん）<br />
 
 
<h5 class="subt">常識にとらわれない「KUROMAME」のメーキング秘話</h5>月に1本くらいのペースでクレイアニメのCM制作の依頼が来ていたが、そのうち、ぱったりと仕事が切れたときがあった。その時間を利用して制作したのが、オリジナル作品の「KUROMAME」だった。<br />
「最初に斎藤さんがキャラクターを作ってきました。黒い粘土そのままの姿だったのが、洋服を着せてみるとかわいいということに。普通のクレイアニメは、同じ粘土素材で洋服なども着せますが、布の洋服を作って着せているのは、私たちくらいだと思います。」（佐藤さん）<br />
布の洋服を着せることで、細かい動作を表現するのが難しくなったり、必要のない場面で洋服が動いてしまったり、洋服が粘土で汚れてしまったりと苦労も多いという。それでも、自分たちが良いと思ったことを最優先にして、常識にとらわれないやり方で制作することが、今ではキュウイフィルム作品の大きな特徴ともなった。<br />
「話の構成は、まずタタキを監督の河部さんが作って、みんなで話し合いながら直したり、撮影しながら細かい動きを考えます。丸一日撮影して10秒くらいできればいいほうです。その日の調子によって、全然できない日もありますし。」（斎藤さん）<br />
予想通り、なかなか根気が必要な世界のようだ。空いた時間を利用して作り始めた「KUROMAME」は、気がついてみると3年の歳月をかけて、20分もの大作となっていた。<br />
9月に札幌で開催された、<a href="http://sapporoshortfest.jp/" target="_blank">第2回札幌国際短編映画祭 SAPPORO SHORT FEST 2007</a>では、『<a href="http://sapporoshortfest.jp/jp/07/jp/pro/2007/08/n_b_5.html" target="_blank">最優秀チルドレン・ショート賞</a>』を受賞した。<br />
「授賞式の発表の場にみんなでいたのですが、プレゼンターから発表されたのが『the Magic wand』で、その発音の良さから、KUROMAMEが受賞したことに気づかなかったんです（笑）。僕（二平さん）だけが気づいて騒いだらみんな気づいて、それから喜びました。」（二平さん）<br />
「子どもたちに見て欲しいと思って制作した作品なので、この賞はうれしかったです。」（斎藤さん）<br />
  
　
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v36_p2.jpg" /></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v36_p3.jpg" /><br />
「KUROMAME」の撮影風景</p>


<h5 class="subt">携帯コンテンツへの配信、そしてこれからのKUROMAMEは？</h5>「情報処理関係の会社にいる大学時代の先輩から『KUROMAMEを携帯のコンテンツとして配信してみないか』という話をもらいました。8月から<a href="http://kuroanime.tv/_pc/index.html" target="_blank">auの有料コンテンツ</a>として配信しています。」（二平さん）
今は、すでに完成しているKUROMAMEの本編を1回40秒程度に切ったものが、毎週更新されている。2008年4月からは、auの携帯コンテンツでしか見られない新作も登場するということで、今ちょうどその撮影がスタートしたところだ。
「携帯コンテンツは出来高制の契約なので、会員数が増えてくれればいいなと思っています。」（河部さん）
今までは、収入よりも制作にかけた費用がかさんでいる状態。今回の携帯コンテンツの契約をきっかけとして、<a href="http://kuromame-store.com/" target="_blank">ネットショップ</a>でのグッズ販売などにも力を入れ始めている。
「もっと色々な人にKUROMAMEを知ってもらいたいので、上映会をしていきたいし、子どもたちには、どうやって作っているのかも見せてあげたいです。KINOで上映したときに見て気に入ってくれた方が、自分の子どもが通う幼稚園での上映会を設定してくれたのも嬉しかったです。来年は、小学生向けにクレイアニメを紹介する講座も決まりました。」（斎藤さん)
新作のアイデアは、あふれるほどの絵コンテとなってすでに蓄積されていた。斎藤さんには弟が、河部さんにはお姉さんがいることから、自分たちの子どもの頃を思い出すと、ストーリーは次々出てくるという。「私たちは私たち流のやり方でこれからも撮っていきたいです。それしかできないので」という斎藤さん。「上映中に観客から笑いが出たりすると、作ってよかったと思います」という河部さん。
クレイアニメならではの映像の素朴さや、だれもが子どもの頃に戻れるストーリーを持つKUROMAME。夢のある映像は、クレイアニメに見せられた面々が、試行錯誤しながらも、楽しく制作している現場から生まれていた。
　
　
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v36_p4.gif" /><br />
KUROMAME　STOREのホームページには、缶バッジや人形セットなど、楽しいグッズがいっぱい</p>

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v36_p5.jpg" /><br />
お腹の部分を押すと音が出るオモチャ。<br />子どもが喜びそう。</p>

●キュウイフィルム
住所：〒065-0016　札幌市東区北16条東1丁目　西沢水産ビル〔ビュー内〕
WEB SITE　<a href="http://qwifilm.tv/" target="_blank">http://qwifilm.tv/</a>

取材・文　佐藤保子]]>
        
    </content>
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    <title>有限会社イオシス　コンテンツビジネスの先端に躍り出た成長株</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://s-xing.jp/featcms/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=37" title="有限会社イオシス　コンテンツビジネスの先端に躍り出た成長株" />
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    <published>2007-11-28T13:34:26Z</published>
    <updated>2007-11-29T03:23:10Z</updated>
    
    <summary>
 学生時代に始まった同人サークルが10年後にはデジタルコンテンツ業界トップクラスの知名度を持つ注目企業に成長、この事実に一番驚いているのは当の本人たちだった。一時は解散寸前にまで追いこまれたコンテンツ制作会社「イオシス」がこれまでリリースした音楽CDは、約140タイトル。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="有限会社イオシス　コンテンツビジネスの先端に躍り出た成長株" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol35.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
学生時代に始まった同人サークルが10年後にはデジタルコンテンツ業界トップクラスの知名度を持つ注目企業に成長、この事実に一番驚いているのは当の本人たちだった。一時は解散寸前にまで追いこまれたコンテンツ制作会社「イオシス」がこれまでリリースした音楽CDは、約140タイトル。全作品の試聴MP3ダウンロード回数はのべ40万回を超えるほどの人気を博している。創立メンバーの2人にこれまでの歩みを語っていただいた。<br /><br />
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v35_p1.jpg" /><br />
写真右から有限会社イオシス代表取締役・栗本拓也さん（28歳）と、おもてなし精神あふれる取締役・鈴木隆文さん（28歳）</p>
 

<h5 class="subt">前身は好きなことを追い続ける北大サークル</h5>1998年に北海道大学の仲間で結成された同人サークル「イオシス」の活動ジャンルは、音楽とコントだった。創立と同時期に個人レベルの音楽CD作成を容易にするCD-Rが開発され、イオシス初のオリジナルCDは札幌市内の古本屋で委託販売されていたという。<br />
「あの頃は100枚売れたらミリオンセラーだと言っていました」と当時を振り返るのは、創立メンバーの1人であり同社代表取締役の栗本拓也さん。大学卒業後、大手企業に就職しSEとしてハードな勤務をこなしながらもサークル活動はやめなかった。この間のイオシスは同じく創立メンバーで大学院生だった鈴木隆文さんが大黒柱となり、道内外のコミックマーケットなどの同人誌即売会や同人ショップで販路を拡大。1タイトルにつき100枚単位だったプレス数も1000枚単位に伸び、売上5000枚を記録するヒット作も誕生した。<br />
会社と大学院、それぞれの立場での将来像が描けず「やる気が底をついた」栗本さんと鈴木さんは、2005年からイオシスに専念する道を選択した。その後の快進撃については「イオシスで食べていこうという強い意志が実ったというよりは、自分たちがおもしろいと思うことを続けていくうちに世の中の歩みと肩を並べた感じです」と異口同音に語った。
 

<h5 class="subt">解散寸前、収支モデルを構築する企業に成長</h5>法人化直前の2006年2月、イオシスは解散の危機を迎えていた。コントの脚本やオリジナルの楽曲、イオシスに参加するクリエイターの熱意のままに次々と出し続けるCD全てが売れるわけではないという厳しい現実が立ちふさがっていた。売上不調が続く一方で制作に費やした労力の対価を望む声もあがり、サークル内の雰囲気は一触即発。<br />
同業他社を圧倒するコンテンツ数を強みとしながらも、栗本さんは「作品が売れないと経済的なダメージも被りますが、お客様に聴いてみたいと思われないことのほうが問題です。そういう意味では2005年にリリースしたタイトルは反省点が多かった」と自戒する。<br />
このときの経験を活かして、イオシスは2006年以降1タイトルごとに成果報酬をベースとする収支モデルを作り、クリエイターへの利益分配のルールも明確にした。成果はクリエイターに余さず還元するというイオシスのモットーを今も守り続けている。<br />
論争のもうひとつの焦点となっていた法人化も今後の販路拡大には必要なステップであると意見がまとまり、札幌市デジタル創造プラザ（ICC）の入居を機に有限会社イオシスは新たなスタートをきった。
<br /><br />
  
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v35_p2.jpg" /><br />
サークル時代は鈴木さんの自宅が事務所兼スタジオがわりだった。ICC入居以降は制作環境も整い、リリース数が年間約20本と倍に伸びた。</p>
 

<h5 class="subt">火付け役のPVがマッシュアップ効果で業界を独走</h5>浮き沈みの激しいデジタルコンテンツ業界を生き抜くには、知名度と流通経路を確保しなければ—。起死回生を狙うイオシスは2006年2月、同人業界で圧倒的な人気を誇る弾幕系シューティングゲーム<a href="http://www16.big.or.jp/~zun/" target="_blank">『東方Project』</a>で使われたBGMのアレンジアルバム『東方風櫻宴』のリリースに踏み切った。同年8月には第2弾の『東方乙女囃子』を発表。プロモーション用のアニメーションフラッシュムービーをサイトで無料配信し、YouTubeにもアップしたこのPVが起爆剤となった。<br />
「『東方乙女囃子』の2 トラック目に収録されている曲『魔理沙は大変なものを盗んでいきました』のPVが火付け役となり、CDの売上が急激に伸びました。2007年に開設された<a href="http://www.nicovideo.jp/" target="_blank">ニコニコ動画</a>でも『魔理沙〜』の配信数が爆発的に増え、作った僕たちも驚くほどの人気モノになっていきました」。<br />
ニコニコ動画で流行中の“マッシュアップ”（複数のコンテンツを組み合わせてリミックスすること）でも『魔理沙〜』の登場回数はトップクラス。試しに『大変なものを盗んでいきましたシリーズ』でタグ検索したところ、ヒット数は1600本を超えていた（2007年11月現在）。オリジナルの魅力を増す二次創作を歓迎する同人業界の空気と、ソフトがあれば誰でも手軽にマッシュアップできる画像編集技術の浸透、デジタル時代が生んだ2大要素がイオシス躍進を大きく後押ししたようだ。<br /><br />
 
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v35_p3.jpg" /></p>
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v35_p4.jpg" /><br />
躍進のきっかけとなったPV『魔理沙は大変なものを盗んでいきました』。ドワンゴ「超！アニメロ」でも配信数1位に輝いた（2007年5月15日）</p>
 

<h5 class="subt">クリエイター、ファンとつないだ手を離さずに</h5>「これまでイオシスの制作に参加したクリエイターは約40名。なかでも“メンバー”と呼ぶ近しいクリエイターとはメーリングリストで情報を密に共有し、手厚い待遇で制作をバックアップする体制を整えている。こうしたクリエイターとの信頼関係も魅力あふれる作品を生みだす大切な要素になっている。<br />
今年の12月からは販路拡大のためAmazon.co.jpとの取引も始まり、明るい話題に事欠かないイオシス。従業員の平均年齢が27歳という若さも眩しく輝いている。<br />
「今の心境としては大人になっていくほど大人げない自分になっていくような気がしていますが（笑）、つくるのが好きという想いは今も昔も同じです。個人の力、集団のメリット、そして時の運に支えられてここまできて、今後の目標はお客様から長く愛される企業になること」と鈴木さんが語れば、「最近は忙しさに追われて配信ペースが落ちていますが、ファンの方々とコミュニケーションできるウェブラジオも大切にしていきたい」と栗本さんも応じる。突然浴びたスポットライトに浮かれることなく、大地に根を張るようなこの誠実さが、イオシスをさらに大きく成長させていくに違いない。<br />

 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v35_p5.jpg" /><br />
イオシス140タイトル目となる最新作『東方萃翠酒酔』 (2007年08月17日リリース)</p>

 
 
●イオシス<br />
<img src="http://s-xing.jp/feat/image/v35_p6.gif" /><br />
WEB SITE　<a href="http://www.iosysos.com/" target="_blank">http://www.iosysos.com/</a>
住所　〒062-0901札幌市豊平区豊平1条12丁目1-12札幌市デジタル創造プラザ305A
Creator Profile　<a href="http://s-xing.jp/db/unit/prof0088.html" target="_blank">http://s-xing.jp/db/unit/prof0088.html</a>

取材・文　佐藤優子]]>
        
    </content>
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    <title>有限会社デジタルコンテンツ　山崎　一 映像の力で街を元気に</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://s-xing.jp/featcms/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=36" title="有限会社デジタルコンテンツ　山崎　一 映像の力で街を元気に" />
    <id>tag:s-xing.jp,2007:/feat//1.36</id>
    
    <published>2007-11-21T17:08:04Z</published>
    <updated>2007-11-21T23:22:04Z</updated>
    
    <summary>
 北海道各地の美しい風景、自然をハイビジョン映像で撮影している有限会社デジタルコンテンツの山崎一さん。書店に並ぶDVD「映像大陸北海道」シリーズは、山崎さんが手作りで商品化してきたものだ。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="有限会社デジタルコンテンツ　山崎　一 映像の力で街を元気に" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol34.jpg" width="420" height="194" /></h2>
 
北海道各地の美しい風景、自然をハイビジョン映像で撮影している有限会社デジタルコンテンツの山崎一さん。書店に並ぶDVD「映像大陸北海道」シリーズは、山崎さんが手作りで商品化してきたものだ。“北海道の自然のビジュアル素材”に特化したビジネス内容や、拠点を札幌から美瑛に移した今後の展開についてお話を伺った。
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v34_p1.jpg" /><br />
有限会社デジタルコンテンツ<br />代表取締役　山崎　一さん（36歳）</p>
 

<h5 class="subt"> F１ドライバーになりたかった！？</h5>映像の世界に入るまでの山崎さんの経歴は少しユニークだ。大学卒業後、F１ドライバーを目指していた時期があり、事故で車を失って断念。次に進んだのは、幼い頃から好きだったゲームクリエイターの世界。ゲーム業界が過渡期の時代、山崎さんが勤めていた会社も大手企業に吸収されるという節目が来たとき、「いつかは北海道に戻りたい」と考えていた山崎さんは、札幌の企業に転職する。<br />
印刷関連企業のマルチメディア部門に入った山崎さんは、TV-CM・プロモーション映像制作の仕事に携わる。スタッフが2人だけということもあり、企画から編集までを一人で担当することも多く、「これなら自分でできる」と独立を決意。2001年11月、北海道内の自然映像・写真を提供するライブラリ「季節の工房」を設立した。<br />
「独立するときに、何を業務の柱にするか考えました。北海道にいて東京と勝負できることは何かを考えたら、“北海道ならではの自然”しかないと思いました。さらに、それまで撮影でいろいろな所を回ったときに、個人で写真を撮っている人はたくさんいるのに、ビデオ撮影をしている人はいないことに気付いたんです。そこで、自然の映像素材を売っていくことを業務の柱にしました。」
 

<h5 class="subt">“北海道の自然のビジュアル素材”に特化したビジネス展開</h5>独立後しばらくは、それまでのいろいろな経験を生かす形で、Webサイトの制作や企業VPなど、多岐にわたる仕事をこなした。一方で、柱としていた北海道の自然をテーマにした映像も着々とストックし、2004年からはハイビジョン撮影も開始。美瑛、知床、小樽、富良野など、北海道各地の自然風景を撮影したDVD<a href="http://www.digital-contents.jp/pages/hokkaido.html" target="_blank">『映像大陸北海道』シリーズ</a>は全15タイトルを制作・販売している。<br />
「いろいろな人との出会いや協力によって、道内各地への業務展開や、映像素材の商品化もしてきましたが、一人でできることには限界があります。昨年くらいから、今までストックしてきた素材をもっとビジネスとして生かしていくことに集中し始め、今は、“北海道の自然のビジュアル素材”にほぼ100％特化した仕事をしています。」<br />
ストックしてきた素材をビジネスとした例の一つにJRタワーホテル日航札幌の仕事がある。35Fのレストラン<a href="http://www.jrhotels.co.jp/tower/" target="_blank">『SKY J』</a>のプラズマモニターに、山崎さんの映像が流れている。朝、昼、夜で違うパターンを用意し、季節に合わせて3ヶ月に一度のサイクルで映像を入れ替えている。<br />
「レストランがリニューアルしたときに、『プラズマモニターを入れたので、そこで流したい』と依頼がきました。ホテルのレストランということで、観光客の方にも楽しんでもらえると思いますし、僕の映像を、地元の企業や行政などにもっと使ってもらいたいと思っていたので、うれしい仕事です。」<br />
  
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v34_p2.jpg" /><br />
DVD映像大陸北海道「EasternPart」</p>
 

<h5 class="subt">外部の営業スタッフとの出会い</h5>独立してから、営業活動は特にしていないという山崎さん。Webサイトを通して、北海道外の企業から、「地元のスタッフに撮影してほしい」と仕事の依頼がきたり、一度依頼がくれば、その後も継続する定期的な仕事もあることで、今まで乗り切ってきた。<br />
「2年くらい前、ちょっとした集まりの場でプレゼンをする機会があって、それを聞いていたある人が『まさに自分が考えていたことと同じなので、ぜひ一緒にやらせてほしい』と。その人は、生まれは北海道ではないのですが、北海道が好きで移住してきた人でした。それ以来、外部スタッフとして営業の部分をお願いしています。営業は大事なことですが、なかなか自分では手が回らない部分だったので、良い形がとれたと思います。」<br />
以前は、DVDの販売も、山崎さん自身が販売店対応をしていたが、営業担当の人の紹介で、現在は卸業者経由での販売が可能になった。
 
 
<h5 class="subt">使いたい人が使いたいように映像を活用してほしい</h5>「北海道外の企業からWebサイトを通して仕事の依頼がきたり、メールで連絡ができる時代なので、住む場所はどこでもかまわないと思います。そうなると、都市部に住むよりも、撮影場所に近い町に住んだほうが良いかなと思って、美瑛町に住まいを移すことにしました。」<br />
美瑛町は今までも1ヶ月に一度は、必ず撮影のために出向いていたこともあり、町の観光協会などともつながりがあるという。“美瑛の丘”などは有名だが、観光客は、写真だけとって宿泊は富良野へというパターンも多く、ビジネス的に、美瑛町はまだまだ展開の余地があるという点では、移転後に、山崎さんも、何か協力ができないかと考えているようだ。<br />
「TV局などが北海道に撮影に来て、きれいな風景を映像に撮っても、放送して、その枠を売って終わりになってしまいます。僕は、映像を通して、地元を盛り上げたいと思っています。著作権の制約を緩くして、もっと自由に使いたい人が使いたいように活用してほしいという想いもあります。映像の力は大きいと思うので、僕の映像を使ってもらって町の活性化に役立ててもらえるように、取り組んでいきたいですね。まず町が潤わないと何もできないと思いますし。北海道を世界に向けて発信していきたいです。」<br />
カメラの性能によって左右されるという映像のクオリティでは、ハイエンドの機材を使う大企業にはかなわない。それでも、山崎さんが地元ならではのフットワークでストックしてきた素材には、四季折々の時間や空気が醸し出すライブ感があふれている。「適材適所の仕事を見つけていきたい」という山崎さん。町の活性化と山崎さんのビジネス展開がどのようにマッチングしていくのか、今後も注目していきたい。
 
 
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v34_p3.jpg" /><br />
有限会社デジタルコンテンツ<br />北海道の大自然ハイビジョン映像素材・写真素材～季節の工房</p>

 
 
●有限会社デジタルコンテンツ
住所：〒071-0212　上川郡美瑛町旭町4丁目10‐13
<a href="http://www.kisetsu.info/" target="_blank">http://www.kisetsu.info/</a>
Creator Profile　<a href="http://s-xing.jp/db/unit/prof0008.html" target="_blank">http://s-xing.jp/db/unit/prof0008.html</a>

取材・文　佐藤保子
]]>
        
    </content>
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    <title>ロケーションマネージャー　加藤　剛：“民間外交官”として、北海道のロケーションを世界へ！</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://s-xing.jp/featcms/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=35" title="ロケーションマネージャー　加藤　剛：“民間外交官”として、北海道のロケーションを世界へ！" />
    <id>tag:s-xing.jp,2007:/feat//1.35</id>
    
    <published>2007-11-14T15:35:37Z</published>
    <updated>2007-11-15T09:27:21Z</updated>
    
    <summary>
 国内の映画やドラマ、コマーシャルなどに加えて、最近では海外の映画のロケーションも北海道で行なわれるようになった。こうした動きを支えているのがロケーションマネージャーの存在だ。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="ロケーションマネージャー　加藤　剛：“民間外交官”として、北海道のロケーションを世界へ！" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol33.jpg" width="420" height="194" /></h2>

国内の映画やドラマ、コマーシャルなどに加えて、最近では海外の映画のロケーションも北海道で行なわれるようになった。こうした動きを支えているのがロケーションマネージャーの存在だ。ロケーションマネージャーとして15年のキャリアを持つ、ロケーションサービス・ダケカンバの加藤剛さんにお話を伺った。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v33_p1.jpg" /><br />
ロケーションマネージャー　加藤　剛さん（42歳）</p>


<h5 class="subt"> 映画ばかり観ていた高校時代</h5>小樽で生まれ育った加藤さんが高校生の頃、小樽には映画館がたくさんあり、名画座では1本500円で名作も楽しめた。
「昭和5年生まれの母親は、華やかな娘時代を過ごした、いわゆる“モダンガール”で、映画もよく観ていました。<br />そんな母親の影響で、私も高校生の頃はとにかくいろいろな映画を観ました。当時は洋画が面白く、『ブレードランナー』などにも衝撃を受けました。」
高校卒業後、加藤さんは映画関連の専門学校（東京）へ進学。
「撮影所の敷地内に学校があったので、授業で勉強するというよりも、撮影所のアルバイトに精を出していました。照明や特機、美術など、色々なアルバイトがありました。」
同じ寮に演劇科の学生がいたこともあり、蜷川スタジオの役者（群集）募集に友人と一緒に応募し、その後1年ほど裏方として舞台の仕事も経験した。
「東京では、小樽ではできない経験を色々しましたが、どうも私には東京の湿気が合わなかったようです（笑）。」
東京で2年半ほど過ごした後、加藤さんは小樽へ戻り、札幌の北海道内向けCM制作会社でAD（アシスタント・ディレクター）として制作の仕事を始めた。<br />

<h5 class="subt">ロケーションマネージャーとしてフリーランスに</h5>CM制作会社で約3年間仕事をした後、そこからのつながりで、今度は東京や大阪から北海道へ来る撮影隊の北海道ロケ全体のサポートをするロケーションマネージャーの仕事の依頼があり、ロケーションサービスの会社に転職。<br />
ロケーションマネージャーは、クライアントのニーズを受けて、それに最も適したロケ地の発掘、撮影許可の交渉と許可の取付け、撮影機材等の手配、クルーの受け入れ、宿泊・食事・移動車両の手配など、多岐にわたり、交渉力と細かな気配りが要求される仕事だ。<br />
このロケーションサービス会社で3年ほど働いた頃、加藤さんはフリーランスのロケーションマネージャーとして独立を考え始める。きっかけになったのは、以前一緒に仕事をした人からの仕事の依頼だったという。<br />
「実際に個人で仕事を請けてみて、こんな風に仕事として成り立つのかなという実感がありましたが、その時はまだ漠然としていて、こんなに長く続けるとは思っていませんでした。」<br />
独立後、しばらくは大変な時期を過ごしながらも、フリーランスのロケーションマネージャーとして、着実に実績を重ねていった。<br />
「自分の仕事として依頼が来るようになったのは、ここ5年くらいのことです。途中、他の会社の面接に行くこともあったり、ここまで来るには、いろいろありました。それでも、結局、続けてこれたのは、“ロケが好きだったから”でしょうね。」<br />
 

<h5 class="subt">記憶に残る“ゲリラライブ”</h5>2000年に発売されたB’zの『juice』という曲のプロモーションビデオ。これが、札幌の時計台近くの駐車場でゲリラライブとして収録されたものであることは、ファンのみならず有名な話。加藤さんは、このPVのロケーションマネージャーとして活躍した。<br />
「仕込みに2週間、本番1時間というタイトな仕事でしたね。B’zの二人がステージに出た瞬間に“ウヮー”っと大歓声が起こりました。周囲の道路が聞きつけた群集でマヒして大変な撮影だったけれど、強烈な記憶として残っています。そのときのスタッフとは、今でも付き合っています。」<br />
ビデオクリップの仕事にはロケーションマネージャーとして参加することも多いという加藤さん。<br />
「若い人たちには、こういう仕事もあることを知ってもらいたいですね。好きなアーティストのビデオクリップにスタッフとして参加できる可能性があるんです。私もミーハーでこの仕事を始めましたから。（笑）」<br />
 

<h5 class="subt">写真撮影から海外の映画撮影までをコーディネート</h5>「現場に入っているときは、クライアントからの無理難題の連続で、“二度とこの人たちとは仕事をしたくない”と思うことも多いけれど、終わってしまうと、“面白かった”となるから不思議です（笑）。そして、一度つながると、次も仕事の依頼がくるというケースが多いですね。」<br />
営業活動は特にしていないという加藤さん。クライアントからの色々な要求に的確に対応し、現場で信頼を得てきたのだろう。<br />
初めてのクライアントは、人の紹介で問い合わせが来ることが多いというが、ホームページを通じた照会も結構あるという。<br />

（<a href="http://www17.ocn.ne.jp/~dakekan/" target="_blank">http://www17.ocn.ne.jp/~dakekan/</a>）
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v33_p2.jpg" /><br />
加藤さんのホームページ</p>


「ある婦人服のカタログ撮影ロケのコーディネートは、ホームページ経由で仕事の依頼が来て、長く継続しています。特に秋冬のカタログは、撮影時期が夏になりますが、北海道なら冷たい空気感が出るので、ロケ地として適しているようです。この仕事は、昨年、制作会社が変わったのですが、メーカー担当者が“北海道の加藤さんなら美味しいものを食べさせてくれるよ”（笑）とつないでくれて、新しい制作会社からも継続で依頼が来ました。人を喜ばせたくてこの仕事をしているので、こういう話もうれしいです。」
ロケーションマネージャーという仕事の奥深さがうかがえるエピソードだ。
ロケーションマネージャーとは、北海道の魅力をアピールする仕事であり、これが海外へのアピールとなれば、“民間の外交官”と言える仕事かも知れない。
2006年には、韓国映画「愛なんていらねえよ」（イ・チョルハ監督）のオープニングとエンディングの映像を北海道で撮影した際、加藤さんはロケーションマネージャーとして参加した。
「今までは、海外から北海道へのロケーション撮影は、東京の大手制作プロダクションを通してきていましたが、このときは、<a href="http://www.sapporofc.jp/" target="_blank">さっぽろフィルムコミッション</a>の撮影誘致第一弾として、直接、札幌の企業が請けて実現しました。写真資料提供の際、雪原に1本の木がある風景を入れたのですが、最初のシナリオでは、背景に家があるイメージだったものが、結局、この写真の風景が採用されて、エンディングで使われました。こちらの提案がシナリオを変えたという、うれしい“事件”でした。」

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v33_p3.jpg" /></p>
<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v33_p4.jpg" /><br />
共和町でのロケーション風景</p>
 

<h5 class="subt">ニュージーランドへの留学とマイケル・ケンナ氏との出会い</h5>もともとニュージーランドが好きだったこともあり、仕事でも何か強みがあればということで、37歳の加藤さんは、英語を学ぶためにニュージーランドで3ヶ月を過ごす。<br />
「流暢な英語とまではいきませんが、まずは、英語にビビらなくはなりました。韓国のスタッフと仕事ができたのも、英語で直接コミュニケーションできたことが大きかったと思います。<a href="http://www.michaelkenna.net/" target="_blank">マイケル・ケンナ氏</a>との出会いも、撮影旅行で英語が話せたことがきっかけになりました。」<br />
もともと写真好きの加藤さんは、カリフォルニア州デスバレーでの撮影旅行の際、ホームステイ先でモノクロームの風景写真家マイケル・ケンナ氏の写真を見て感激し、偶然にもそこで彼の助手に出会う。その後、北海道へ定期的に撮影にきていたマイケル・ケンナ氏本人から直接連絡が来て、加藤さんは彼の北海道での撮影のコーディネートを担当することになったのだ。<br />
「自分が動くことによって、何かが変わっていったり、いろいろな出会いがあったりします。だから、若い人には、“まずは海外へ行って、外から北海道を見てこい”と言っています。」


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v33_p5.jpg" /></p>

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v33_p6.jpg" /><br />
マイケル氏撮影の様子（下段写真右が加藤さん）</p>


<h5 class="subt">若手と一緒に、世界を相手にした仕事を！</h5>韓国のスタッフと一緒に仕事をして、加藤さんが一番感じたのはスタッフの若さだった。監督は30代、スタッフは20代がメイン、現場では加藤さんが最年長という環境の中で、日本でも、もっと若いスタッフを育てる必要性を痛感したという。
「北海道には、どこにも負けないロケーションがたくさんあります。やり方によっては、海外へ向けてもっと大きくビジネスが広がる可能性を持っています。例えば、北海道側のスタッフ全員が英語を話せたとしたら、それだけでも、海外からのビジネスが成り立っていくと思います。同様に、韓国語でビジネス交渉ができるスタッフがいれば、韓国のロケーション案件ももっと多く動くでしょう。これからは、今まで自分が経験してきたことを若い世代に引き継ぎつつ、若いスタッフと一緒に、良い仕事をしたいという夢を持っています。今は、それに向けて一歩踏み出したところでしょうか。」
ハリウッドよりもアジアの映画が面白いといわれている昨今、若い人たちがこうした世界に興味を持って飛び込み、北海道でロケーションマネージャーの活躍の場が広がることを期待したい。


●ロケーションサービス　ダケカンバ
住所：〒047-0023  北海道小樽市最上2丁目22-11
TEL : 090-8428-8513
WEB SITE　<a href="http://www17.ocn.ne.jp/~dakekan/" target="_blank">http://www17.ocn.ne.jp/~dakekan/</a>

取材・文　佐藤保子
]]>
        
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    <title>二番煎じや安全パイは脇に置く  自分の個性を突き進む  真島理一郎監督</title>
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    <published>2007-10-25T15:35:11Z</published>
    <updated>2007-10-26T03:40:34Z</updated>
    
    <summary>
 アニメーション作品『スキージャンプ・ペア』が世界50カ所もの映画祭で上映されてきた真島理一郎監督。現在も上映オファーは途切れることなく、今年9月には第2回札幌国際短編映画祭の招待監督として来道した。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
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            <category term="001Special Talk" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="二番煎じや安全パイは脇に置く  自分の個性を突き進む  真島理一郎監督" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol32.jpg" width="420" height="194" /></h2>

アニメーション作品『スキージャンプ・ペア』が世界50カ所もの映画祭で上映されてきた真島理一郎監督。現在も上映オファーは途切れることなく、今年9月には第2回札幌国際短編映画祭の招待監督として来道した。トークイベント出演や舞台挨拶など分刻みのスケジュールの合間を縫って応じてくれた「CROSSING」独占インタビュー。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v32_p1.jpg" /><br />
札幌国際短編映画祭には前身の“ショートフィルム・フェスティバル”の時から参加している真島監督。「スキージャンプ・ペアの聖地」大倉山ジャンプ競技場を有する札幌への愛情は深い</p>


<h5 class="subt"> 映画祭は自己アピールの場。話して歩いて作品を観る</h5> 
——先ほどは映画祭のトークイベント「フィルムメーカーズミーティング」（9月13日開催）にご出演、お疲れさまでした。国内外のゲスト監督13名が勢揃いしましたが、特に印象に残った監督はいらっしゃいましたか？

イギリスのダニエル・マロイ監督にお会いできて嬉しかったですね。去年の第1回札幌国際短編映画祭で彼の作品を観て、“虜”になりました。実はオランダで開催されたアニメーション映画祭に招待されたときに、ダニエルのお父さんの<a href="http://www.philmulloy.com/" _target="_blank">フィル・ムロイ氏</a>にお会いしたんです。彼も有名なアニメーション監督で、日本ではマロイではなくフィル・ムロイの名で知られています。そのときムロイ氏に「あなたの息子さんのファンです。彼に伝えてください」と僕のDVDを全部渡しておいたんです。そうしたらそれを観ててくれたようで、トークイベントが終わってからダニエルが「君が真島か、君の作品はおもしろかった」と声をかけてくれて、嬉しかったですね。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v32_p2.jpg" /><br />
「フィルムメーカーズミーティング」で司会者の質問に真剣に聞き入る招待監督たち。昨年のフィルムメーカー部門グランプリ受賞者のダニエル・マロイ監督（後列左から3人目）も出席。。真島監督は後列右から3人目</p>

——これまでアメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、中国など世界各地の映画祭に参加されてきた真島監督ですが、映画祭の知名度や待遇が出席する優先順位に影響しますか。

そんなことはないです（笑）。交通費も宿泊費も用意していただけるのならもちろん嬉しいですが、そういうところは滅多にないので（笑）。基本的にスケジュールがあえば、呼んでいただいた映画祭すべてに参加したい。自分が行ったことのない国にも興味があります。以前、チェコの小さな街の映画祭に呼ばれたとき、旅行会社のチェコ担当者に「自分も長年この仕事をしていますが、こんな街は聞いたことがありません」と言われたりして。そういうところに行けるのも楽しいです。

——映画祭に出席するときに心がけていることは？

僕は英語を上手く話せないんですが、片言でも積極的にコミュニケーションをとろうとは思っています。映画祭は自分をアピールする場なので。あとは作品をたくさん観ることとその街を観ること。スタッフの方々とも仲良くなりたいですね。そして何より観客の反応を直接見ることです。映画祭じゃないとこれは出来ないですしね。いつも期待と不安でドキドキです。喜んだり、反省したり、赤面したりしてます（笑）。

——札幌国際短編映画祭の印象は？

漠然とした言い方ですが、すごく“いい感じ”の映画祭だと思います。ひとがあったかいですね。規模が大きくなると大抵、参加する側としてはおもしろくなくなるんですが、札幌はどこか違うように感じています。観客の年齢層が広い点も珍しいと思います。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v32_p3.jpg" /><br />
土日をまたいだオールナイトプログラム中に自作が上映されることを知った真島監督は、上映直前の午前4時に舞台挨拶に登場。感激した観客の眠気も吹き飛び、上映後は拍手がわきおこった。</p>



<h5 class="subt">OKかNGか、つねに期待の“K点越え”を狙いたい</h5> 
——今回の“真島プログラム”には『スキージャンプ・ペア』の他に、自動車のプロモーションフィルムやテレビ番組のオープニングタイトルなどの商業作品も盛り込まれていました。真島監督が仕事を受けるとき、事前に先方に伝える条件や希望はありますか？</p>

特にないんですが、先方があらかじめ中身のイメージを固めていて「その通りにやってください」という仕事は、僕にはできない。「それなら他の方に頼んだほうが絶対いい作品ができますよ」と正直にお伝えします。自分の個性が生かせないならやる意味がない。そう言いながらも制限が多い仕事も好きなんです。すべて言いなりになる気はないですが、クライアントが求めていることを自分なりに理解したうえで、OKが出るかNGが出るか、ギリギリの線を狙いたい。みんなが期待しているところをちょっと超えたものを出そうといつも心がけています。

——一緒に仕事をしたいのはどんなクライアントですか？

新しいことにチャレンジしようとしているクライアントさん、かな。“二番煎じ”はおもしろくない。あとは企画の中身に関してクリエイターを尊重してくれるところ。例えばイギリスなんかはデザインや広告のセンスが高くておもしろいCFも多いんですが、クライアントがクリエイターの仕事にあまり口を挟まないようなんです。テーマや条件を提示しても、「その中でどうするかを考えるのが君たちの仕事だろ」とクリエイターをいい意味で突き放す。日本だと「ロゴをもっと大きく」とか「商品カットをもっと長く」とか言いがちですよね（笑）。イギリスでは「自分たち素人があれこれ考えるよりも、プロのクリエイターが絶対にいいものを出してくれる」という考えが浸透しているそうです。そういう関係はいいなと思います。あと代理店に必ずお願いするのは、クライアントと直接話をさせてもらうこと。人を介しているとどうしてもズレが出てきますから、出来る限り直接会わせていただいて企画を進めるようにしています。

<h5 class="subt">商品や企業ロゴが出てこないキャンペーン企画</h5> 
——今回の映画祭では、真島監督から札幌の観客に“嬉しいサプライズ”がありましたね。スクリーンとは別に会場内ロビーで、オリジナル作品の24時間映像時計『クロックマン』（2007）を国内初の一般公開にして、来場者の目を釘付けにしました。同作品はホンダの<a href="http://www.honda.co.jp/CROSSROAD/factory/">「クロスロード」キャンペーン</a>の一環として考案されたそうですが、作中には肝心の車や企業ロゴが一度も登場しません。


僕も一応先方に確認したんです、「車が一度も出てこないんですが、いいですか」と（笑）。それにOKを出してくださったホンダという企業は本当に懐が深い。「なにかとなにかをクロスして新しい価値を生みだす」というコンセプトのもと、いろんなジャンルのクリエイターが参加したキャンペーンだったんですが、僕の場合は「映像」と「時間」をクロスさせた『クロックマン』を出させていただきました。ああいう企画を認めてくれるクライアントと一緒に仕事ができること自体が、幸せなことですよね。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v32_p4.jpg" /><br />
「クロックマン」とは針と数字を使わずに“時”を表現した映像時計。白い箱の中に暮らすのはレスリングタイツ姿のクロックマン。朝の起床に始まり、運動、食事、習い事など彼の24時間の行動を通じて見る者が“時を感じる”仕掛けだ</p>


● 真島理一郎（IDIOTS代表）
WEB SITE　<a href="http:// www.jump-pair.com/" target="_blank">http:// www.jump-pair.com/</a>


取材・文　佐藤優子]]>
        
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    <title>株式会社マルハマ - マルハマ的“楽しさ”は屋上にあり！？</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://s-xing.jp/featcms/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=33" title="株式会社マルハマ - マルハマ的“楽しさ”は屋上にあり！？" />
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    <published>2007-10-22T06:36:57Z</published>
    <updated>2007-10-22T07:14:30Z</updated>
    
    <summary>
 WOWOW、MUSIC ON TVのステーションIDやPIVOTのWEBサイトなどを手がける株式会社マルハマ。いろいろな分野に長けた若いスタッフたちが刺激しあい、斬新な企画や美しいムービーを生み出している。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="株式会社マルハマ - マルハマ的“楽しさ”は屋上にあり！？" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol31.jpg" width="420" height="194" /></h2>

WOWOW、MUSIC ON TVのステーションIDやPIVOTのWEBサイトなどを手がける株式会社マルハマ。いろいろな分野に長けた若いスタッフたちが刺激しあい、斬新な企画や美しいムービーを生み出している。“ものづくりを通して新しい価値の提供を目指す”株式会社マルハマの松永さんにお話を伺った。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v31_p1.jpg" /><br />
（株）マルハマ　取締役　松永芳朗さん（28歳）</p>


<h5 class="subt"> 設立して2年、最高に楽しいです</h5>市電「行啓通」駅のそばに、電車通りに面して建つ4階建ての「まるはま」ビルがある。このビルの3階が株式会社マルハマのオフィスだ。
「たまたま見つけた物件が“まるはま”ビルだったので、会社名も“マルハマ”としました。自社ビルみたいでいいかなと。」
たしかに、聞いたときには「何の会社？」と思ってしまうような、インパクトのある名前だ。
もともとカメラマンが使用していたというオフィスは、壁面には撮影スタジオならではのホリゾン、片隅には暗室もそのまま残されている。スタッフは全部で8名。20代～30代前半の若いスタッフが、それぞれのパソコンに向かって仕事をしている。
設立して2年でこれだけのスタッフも揃い、順調に成長してきた印象を受けたが、設立当初は、苦労も多かったようだ。
「少しでも経費を抑えようというのが暗黙の了解であって、冬になると、寝袋に胸まで入って、ぴょんぴょん飛び跳ねてオフィスの中を移動してました。もちろん暖房はありますが、設定温度を低くしていたので。夏は、冷房がないので窓を開けていると、網戸がないので夜は虫がひどかったり、あるときはハトが入ってきたこともありました。かわいかったです。」
ちょっと前までは、今のオフィスの雰囲気からは想像できない光景があったようだ。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v31_p2.jpg" /><br />
オフィス内の写真</p>


<h5 class="subt">同じ会社で仕事をするということ</h5>株式会社マルハマは、遠山さんと松永さん、他4名のクリエイティブ集団を前身として、2005年に設立された。2人が出会ったのは、<a href="http://www.icc-jp.com/" target="_blank">札幌市デジタル創造プラザ（ICC）</a>。それぞれ別の会社に所属しながらICCに入居していた。
「ICCには、いろいろな会社や人が入居していて面白かったです。」
そうした雰囲気は入居者たちが自ら作り出していたもので、二人はその真っ只中でコラボレーションの面白さを実感していたようだ。
会社設立当初から、外部のスタッフと一緒に仕事を進めることも多く、そんな中で、優秀なクリエイターたちとの出会いを重ねてきた。そういう外部スタッフだった人たちが、最近マルハマの社員となって加わっている。
「周りからは、会社組織にはせずに、フリーランスの集まりとして自由に活動したほうが良かったのでは？と聞かれますが、やはり同じ会社で仕事をして、同じ目標を目指すことで、個人ではできないことにチャレンジできると考えています。」


<h5 class="subt">壁をなくして生まれてくるもの</h5>参加しているスタッフは、CMディレクター、イラストレーター、アニメーター、グラフィックデザイナー、WEBディレクター、モバイルコンテンツプランナー、建築設計士、ゲームプログラマーと、経歴はさまざま。それぞれの分野に精通しているスタッフが一緒にいることで、それまで考えもしなかったような新しいものが生まれてくるのが面白いという。この“多才の集まり”こそがマルハマの特徴でもあり、強みといえるだろう。
「クライアントからは、何を専門としている会社なのかと聞かれることもありますが、CM制作プロダクションとか、WEB制作会社とか、既存の枠にとらわれずにいろいろなことをしていきたいと思っています。それが当社のメリットであり、時には理解されずにデメリットになることもありますが、壁をなくしたところから生まれるいろいろなものを形にしていきたいです。“何か面白いことがしたいね、じゃあマルハマを呼んでみようか”ってなればうれしいですね。」


<h5 class="subt">広告主の利益につなげるための聞き取り・調査が重要</h5>取材当日、過去の仕事実績が収録されたDVDを見せてくれた。WOWOWやMUSIC ON TVのステーションID、HBCのキャラクターもんすけのアニメーション、ミサワホームのTVCM、PIVOTやガトーキングダムのWEBサイトなど、ビジュアルに訴える美しいムービーが次々と展開されていく。クライアントは地元に限らず、東京方面のクライアントもあり、売り上げではちょうど半々の割合だという。取材当日も2名のスタッフが東京出張で不在だった。

<p class="pictbox2"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/maruhama1.gif" /><br />
仕事実績の一部</p>


「積極的に営業をしているというよりも、すばらしい人脈に支えられて今まで仕事ができてきました。クライアントの期待に応えられるように、結果、効果をもっと出せるように、まだまだ頑張らなければなりませんが。」
豊富な企画を生み出している、マルハマのプレゼンテーション術について聞いてみた。
「広告主の利益につながることが最も大切なので、文章や資料で説明を積み重ねることも大変重要なことだと思っています。そのための事前の聞き取りや調査ももちろん重要です。 そして、プレゼンテーションでは、新しい表現や仕組みは伝わりにくいので、実際に制作して持っていくこともあります。」
これからも、新しいことにチャレンジしていきたいという松永さん。
「やっとやりたいことができる環境に近づいてきました。待受フラッシュをはじめとする携帯コンテンツ分野や、オリジナルのアニメーション作品の制作にも今、取り組んでいます。今までも良い出来の仕事はだいたいが楽しんで制作できたものですね。これからも“おもしろかっこいい”デザインや企画で興味を惹き付けたり、夢を持たせたり、楽しい未来を想像させていきたいです。」


<p class="pictbox2"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/maruhama2.gif" /><br />
オリジナルのアニメーション作品</p>
 

<h5 class="subt">「会社のウリ」は屋上にある！？</h5>取材後半、「屋上を見てください。当社のことがわかります」という松永さん。他のスタッフからも「この会社の良さは屋上です」との言葉が。さっそく屋上へ案内してもらうと、そこには、信じられない世界が広がっていた。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v31_p3.jpg" /><br />
ビルの下には路面電車が走る</p>

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v31_p4.jpg" /><br />
まるはまビルの屋上</p>

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v31_p5.jpg" /><br />
スタッフのみなさん</p>


フェンスには、夏の名残のあさがおが弦を巻き、その向こう側には、木製のデッキとテーブルで小上がりが設置されている。頭上には電球を配置したシンプルな照明、大きな鉢植えの観葉植物が周囲を囲んでいる。そして、下には路面電車が走り、ガタンゴトンとのどかな音を響かせる。ビルの狭間からは、遠くにイルミネーションに輝くテレビ塔が見え、振り返れば大倉山をはじめとする山々の風景が広がっている。市電のある札幌の街ならではの屋上ビアガーデンが、まるはまビルの屋上に存在していた。
「テーブルの上に七輪を置いて、ビールを飲むのは最高」だという。狭い階段からすべての材料を運び、自分たちで手作りしたこの空間は、ビルの大家さんも了解済みで一緒に飲むことも。時には、クライアントとの打合せをここですることもあるという。眉間にしわをよせるような打合せとは縁遠い、さぞかしクリエイティブな会話がはずむことだろう。
「年代の近いスタッフばかり。毎日顔を合わせているだけでコミュニケーションはとれるし、相互に刺激しあえる環境があると思います。月曜日の朝に集まって朝礼をするなんてことは、当社では必要ないです（笑）。」
スタッフに「どんな会社ですか？」と聞いてみると、「快適な職場環境です」「自分に持っていないものを持つ人がいて勉強になるし、刺激になります」「仕事をする中で新しい発見があります」という答えが返ってきた。マルハマという会社の快適さはこの屋上に象徴され、こうした環境から、スタッフ一人ひとりのモチベーションが高まり、“楽しさ”を提供する仕事が生まれていく。これからも、マルハマの計り知れないパワーが、札幌発信の面白いシーンを誕生させてくれることを大いに期待したい。


●株式会社マルハマ
〒064-0914　札幌市中央区南14条西7丁目3-6　札幌まるはまビ3F
TEL : 011-512-0680
WEB SITE　<a href="http://www.maruhama.org/" target="_blank">http://www.maruhama.org/</a>

取材・文　佐藤保子
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    <title>ミドリウムデザイン　蒲原みどり 24時間の出会いの先に、クライアントが待っている</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://s-xing.jp/featcms/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=32" title="ミドリウムデザイン　蒲原みどり 24時間の出会いの先に、クライアントが待っている" />
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    <published>2007-10-02T10:32:49Z</published>
    <updated>2007-10-03T14:50:35Z</updated>
    
    <summary>
 絵本好き、空想好きだった少女は長じて絵を描くことに夢中になった。地元室蘭の短大から北海道教育大学札幌校の美術工芸コース油彩科へ編入。「好きなことを逃げ道にしているわけじゃないと証明したくて」教員免許はあえて取らなかった。</summary>
    <author>
        <name>Crossing</name>
        
    </author>
            <category term="002クローズアップ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://s-xing.jp/feat/">
        <![CDATA[<h2><img alt="ミドリウムデザイン　蒲原みどり 「24時間の出会いの先に、クライアントが待っている」" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol30.jpg" width="420" height="194" /></h2>

絵本好き、空想好きだった少女は長じて絵を描くことに夢中になった。地元室蘭の短大から北海道教育大学札幌校の美術工芸コース油彩科へ編入。「好きなことを逃げ道にしているわけじゃないと証明したくて」教員免許はあえて取らなかった。いまや札幌のクリエイティブシーンに欠かせない1人として知られるデザイナー蒲原みどりさんの独立後3年間の道のりを追う。その軌跡には、クライアントから放たれた成長のヒントを両腕でしっかりと受け止めるものづくりへの深い愛情が息づいていた。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v30_p7.jpg" /><br />
ミドリウムデザイン蒲原みどりさん（29歳）。取材は“転機をもたらしてくれたクライアント”「DA:TE」（札幌市中央区南3条西2丁目WALL HALL3F 　<a href="http://www.membre-inter.com" target="_blaqnk">http://www.membre-inter.com</a>）で行われた</p>


<h5 class="subt"> 「いいものをつくりたい」衝動に突き動かされて</h5>人生初の海外旅行が、出張でパリコレを観に。誰もがうらやむこの幸運を手にする前、デザイナー蒲原みどりさんはこちらもまた人生ではじめての生活苦に悩んでいた。
大学卒業後、広告代理店の制作部に入社したものの、採算重視の経営方針に徐々に気持ちが冷めていった。心身ともに疲労が蓄積し、４年目に「一気に爆発」。退社後は間髪をいれず「ミドリウムデザイン」を名乗り、2004年からフリーランスの道を歩き始めた。
プライベートで親しかったセレクトショップやカフェのオーナーから声がかかり、DMやフライヤーをつくる仕事を受けても必要な生活費にはまだまだ足りない。
「頭の中は家賃をどうやって払うかでいっぱい（笑）。生まれてはじめて自分で生計を立てていく難しさを実感しました」。
代理店時代には給与やボーナスのほとんどが大好きなデザイナーの洋服代に消えていった。今の自分にあるのは、部屋を埋め尽くす洋服と「いいものをつくりたい」という抑えきれない衝動だけ。蒲原さんは洋服を売り、アルバイトをしながら月々の生活費の足しにすることを選択した。そんなとき、友人から「カッコイイお店があるよ」と教えてもらったセレクトショップ「DA:TE（デイト）」との出会いが、蒲原さんの大きな転機となる。


<h5 class="subt">「どうして君に頼んだか、わかっている？」</h5>その日、「DA:TE」を訪れた蒲原さんを接客したのは、偶然店頭に出ていたオーナー本人だった。
「オーナーに『キミ、なにやってるコ？』と聞かれて自己紹介し、置いてある洋服もこの店もひとめで好きになったことを伝えたら、『…ふーん、じゃあ、うちのカタログ作ってみる？』。一体何を言い出すんだろうこの人は、と一瞬耳を疑いました（笑）」。
商品を、店を愛してくれる人間に販促ツールを頼みたい。初対面の自分を信じて依頼してくれたオーナーの気持ちに胸をうたれた蒲原さんは、喜んでもらいたい一心でカタログづくりに専心し、ラフを提出した。ところが、オーナーから返ってきたのは「違う」の一言。
「全然違う、と言われました。私の中で、体裁よくまとめようとする代理店時代のクセが抜けきっていなかったんです。なぜ君に頼んでいると思う、蒲原みどりにしかつくれないものが欲しいんだと言われ、ビックリしました。今までそんなことを言ってくれた人は1人もいなかった。私はいま、お客様と直接会っているんだとはじめて意識した瞬間でした」。
この“ダメ出し”を機に、フリーランスとして大きな一歩を踏み出すことになった「DA:TE」初仕事は、「いただいた制作費以上の価値がありました」と蒲原さんは振り返る。


<p class="pictbox2"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v30_p2.jpg" /><br />
フリーランスとして指名される責任の重さを学んだ「DA:TE」初仕事「2004-05秋冬コレクション」カタログ</p>


<h5 class="subt">装わず、つくろわず、自分の真実をそのまま伝える</h5>初仕事以降も「DA:TE」からの依頼は続き、ウェブ制作や店頭ディスプレイも担当することになった蒲原さん。第二の転機は、やはりオーナーの一言から始まった。
「バイヤーとしてオーナーたちがパリコレに行くのを聞きつけて、軽い気持ちで『いいですね』と言ったんです。そうしたら『おまえも行くか？』、その後が怖いんです（笑）、『費用は出すぞ、仕事で返してくれればいいから』」。
単なる親密さを超えたプロとしての実力が問われるオファーに、蒲原さん自身もクリエイターとしての将来を懸ける想いでパリ行きを決意した。そこで目にしたものとは。
「マルタン・マルジェラとか学生の頃から憧れていたメゾンのショーを観られたことはもちろん夢のような体験でしたが、感動はそこだけじゃなかった。ハードスケジュールのなか、店に来るお客様ひとりひとりの顔を思い浮かべながら洋服をセレクトしていくオーナーたちの真剣な姿を観ることができたのが、一番の収穫でした」。　　　
　“カッコイイものを北海道の人に伝えたい”というオーナーたちの想いを伝えるカタログに奇抜なデザインは必要ない。自分が見聞きした真実や感動を素直に表現すれば、きっと観る者にも伝わるはずだ。「そう気づいたら帰国後のカタログづくりもすごく楽な気持ちで取り組めるようになりました。装わずに、自分の中にあるものを見つめる。このものづくりの姿勢はいまも変わらないです」。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v30_p3.jpg" /><br />
第二の転機となったパリ行き。濃密な10日間の体験を昇華させるカタログづくりを思うと、帰りの飛行機では足が震えたという（写真は蒲原さん撮影）</p>
 

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v30_p4.jpg" /><br />
人生初のパリコレ体験のすべてを注ぎこんだDA:TE「2006春夏コレクション」カタログ。オーナーから一発OKをもらった。</p>


<h5 class="subt">北海道で生まれた幸せを、北海道に還していく</h5>「私には仕事モードも遊びモードもないんです。24時間つねに同じ自分。ですから遊びのときの出会いがそのまま仕事に、ということが多くて。しかもありがたいことに依頼をいただくときは『蒲原さんにおまかせします』と委ねてくださるクライアントばかり。これまでの出会いに本当に感謝しています。クリエイティブのことについて言うと、作品はクリエイターの総合力が問われるもの。ファッション、音楽、映画、アート…普段どれだけいろんなことにアンテナを張っているかが重要だと思います」。
恵まれた出会いの陰には、ビジネスシーンで必要とされる基本マナーをおろそかにしない“企業努力”もあった。名刺はつねに切らさず、待ち合わせには早めに到着、クライアントの情報は事前に収集しておく。信用を得るための小さくて細かいことを大切にした。
そんな蒲原さんがいま力を入れているキーワードは、“北海道”だ。「私のものづくりはいつも身近に息づく自然から力をもらってできるもの。北海道の豊かな自然から生まれるものをもっと北海道の魅力を表現するために使っていきたい」。
その言葉どおり、2007年には札幌のアパレル企業KIRIAKIグループとタウン情報誌porocoが共同プロデュースした<a href="http://www.kiriaki.com/sweets/index.html" target="_blank">スイーツショップ「HOKKAIDO DESIGN SWEETS</a>」のロゴを制作。9月に行われた<a href="http://sapporoshortfest.jp/" target="_blank">札幌国際短編映画祭</a>ではポスターや公式グッズのビジュアルを担当した。
札幌のクリエイティブシーンは今後も蒲原さんにたくさんの出番を提供することになるだろう。24時間全ての出会いを糧に、ミドリウムデザインの活躍は続く。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v30_p5.jpg" /><br />
2006年にはファッションビルPIVOTの広告ビジュアルを1年間担当した。クリスマスバージョンの素材には大好きな祖父の家の壁紙や故郷室蘭のイタンキ浜の写真を使うなど“自分の記憶”から生み出した独自の作風が高く評価された。</p>

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v30_p6.jpg" /><br />
第2回札幌国際短編映画祭ポスター。描かれたうさぎや蝶をモチーフにした公式バッジは即日完売となった。</p>


●ミドリウムデザイン
e-mail　info@midorium.com　
WEB SITE　<a href="http://www.midorium.com" target="_blank">http://www.midorium.com</a>

取材・文　佐藤優子
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    <title>シケレペ アート　貝澤珠美 「10年間粘り続けても課題が尽きることはない」</title>
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    <published>2007-09-15T14:43:02Z</published>
    <updated>2007-09-21T01:04:35Z</updated>
    
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 アイヌ文化独特の渦巻き模様やダイヤ型を作品に取り入れた“アイヌアート” の普及に務めるデザイナーの貝澤珠美さん。地元の北海道ではテレビや雑誌に登場することも多く、ご本人の凛としたまなざしと共にご記憶の方もいるかもしれない。</summary>
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        <![CDATA[<h2><img alt="シケレペ アート　貝澤珠美 「10年間粘り続けても課題が尽きることはない」" src="http://s-xing.jp/feat/image/feat_vol29.jpg" width="420" height="194" /></h2>

アイヌ文化独特の渦巻き模様やダイヤ型を作品に取り入れた“アイヌアート” の普及に務めるデザイナーの貝澤珠美さん。地元の北海道ではテレビや雑誌に登場することも多く、ご本人の凛としたまなざしと共にご記憶の方もいるかもしれない。仕事はすべてオーダーメイドで、ファッションやアクセサリー、インテリア、舞台衣装など幅広いジャンルで活躍。23歳のときに事務所を開設し、今年で10年目。節目を迎えた現在の思いを語ってくれた。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v29_p1.jpg" /><br />
デザイナー貝澤珠美さん（33歳）。屋号の「シケレペ」は故郷の二風谷に流れる川の名前からとったもの<br/>（注：「シケレペ」の「レ」の字は、正しくは小文字。以下同様）</p>


<h5 class="subt"> 「とにかくイヤ」から「幸せなこと」へ</h5>「開業10年を振り返っての感想ですか？　月並みな表現ですが、本当にあっという間でした」と語る貝澤珠美さんは、北海道平取町の二風谷地区生まれ。
高校を卒業後、「アイヌであることがイヤで、とにかく田舎から出たくて」札幌の美術系専門学校へ進学、夢と創作意欲に満ちあふれた同級生に囲まれているうちに、自身も創作活動の楽しさに夢中になっていった。
「アイヌであることがラッキーかも」、そう思えたきっかけは卒業制作だった。
提出作品をジオラマに決めた貝澤さんは、故郷の二風谷からヒントを得ようと考えた。祖父が語る体験談や専門書を参考に架空のアイヌ村を作り上げていくそのうちに—。
「つくりながらふと、これができるのは私しかいないことに気づいたんです。自分のものづくりの柱にはアイヌ文化がある。それは幸せなことだと社会に出る前に気づくことができて本当によかったと思います」。

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v29_p2.jpg" /><br />
刺繍をあしらったテーブルセンター。ミシンでは実現できない手仕事の細やかさに目を見張る</p>


<h5 class="subt">納期は死んでも守る、相手の声を聞く</h5>「社会人としての基礎を築くために」、貝澤さんは専門学校を卒業後、内装会社に就職した。“男社会”の建築業界で、年長者との接し方や「納期は死んでも守ること」など体感した数多くの教訓は、独立後のビジネスシーンで大いに役立ったと振り返る。
23歳でデザイン事務所を開設、同時に刺繍などを教える「アイヌアートデザイン教室」を始めた。これまでに約40名の生徒を教え、現在も週に1度のペースで開講している。
宣伝活動は教室の生徒や知人による口コミが中心。新しい切り口からアイヌ文化を取り上げたいという地元のテレビ局や出版社からの依頼で、メディアへの露出も増えていった。
「アイヌ文化に対する感覚は人それぞれ。テレビで紹介された私の作品を見て『素敵ですね』と仕事を依頼してくださる方もいれば、文化的な背景をもつ作品を敬遠される方もいます。闇雲な営業活動が実を結ぶとは限らないことを、身をもって学んできました」。
貝澤さんが新規顧客との交渉に際し、心がけていることがある。
「メールのやりとりだけでは話を進めません。電話などで必ず相手の声を聞いて、人となりを知る。相手の人柄は予算も含めて作品づくりに大きく影響します」と語る。


<h5 class="subt">ネットでの業者の発掘、価格設定に苦戦</h5>刺繍や染めなどアイヌ文化の継承者は大勢いるが、ものづくりの幅広さにおいては貝澤さんは群を抜いた存在だろう。Tシャツやワンピースなどのファッションアイテムを筆頭にアクセサリー、椅子や照明などのインテリア、知人である沖縄のバンドのステージ衣装などさまざまなジャンルで「TAMAMIブランド」を展開している。
苦労するのは各ジャンルに応じた素材や業者を探すこと。道内ではほとんど手に入らない絹は京都の絹専門店から取り寄せ、自分でできるシルバー以外の彫金は東京の工房に出す。インターネットで見つけた業者との出会いが「TAMAMIブランド」を支えている。
もうひとつ、貝澤さんを悩ませ続けている問題は価格設定だ。手仕事でなければできない刺繍が入った作品は特に設定が難しい。
「例えば制作期間が3日かかった手間をそのまま価格に反映させると、非現実的な価格になってしまいます。だからといって、叩き売りではビジネスとして成立しない（笑）。趣味の域を超えたプロの難しさがここにあると思います」。
“アイヌアート”という揺るがぬコンセプトに、顧客が納得する付加価値をつけること。事務所開設10年目にして最大の課題が今、目の前に浮かび上がってきているという。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v29_p3.jpg" /><br />
Tシャツや携帯ストラップなど若い世代にも気軽に受け入れられる商品展開で幅広い客層にアピール</p>
 

<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v29_p4.jpg" /><br />
2005年に開催された照明展「百人百灯展」で町田ひろこセレクション賞を受賞した「Kiyay」。アイヌ語で「光」の意味</p>


<h5 class="subt">10年目の小休止、針の向かう先を見つめて</h5>2007年8月には事務所を移転し、環境を変えた。「実は今、ちょっと考えたい時期にきています。デザイナーとしての方向性や、女性として30代をどう過ごしていこうかと」。
アイヌ紋様を現代的なデザインに取り入れた新進のクリエイターとして注目を集めて以来、時にはアイヌ文化普及のための講演会の講師として東京や九州にまで出向く駆け足の日々に、小休止を入れたいということだろうか。
「あ、でも、手は休めないんですよ（笑）。10月に行われるイベントに出店するための作品づくりもありますし、11月には<a href="http://www.aurora-net.or.jp/art/dokinbi/index.html" target="_blank">北海道立近代美術館</a>の開館30周年記念として開催される北海道で生まれたアート展の作品出展を依頼されています。手はいつも動かしている状態です」。
若い世代のアイヌがアイヌであることをカッコイイと思えるきっかけになればと願って始めた創作活動も、節目を迎えた2007年。「針さえ通ればなんでもつくる」バイタリティーが、今後どのように花開いていくのか見守り続けたい。


<p class="pictbox"><img src="http://s-xing.jp/feat/image/v29_p5.jpg" /><br />
繊細なアイヌ紋様が映えるプラチナとイエローゴールドのリング150,000円。ドレスとあわせてウエディング仕様のオーダーにも対応する</p>


●シケレペ アート
e-mail　tamami@sikerpe.jp　
WEB SITE　<a href="http://sikerpe.jp/" target="_blank">http://sikerpe.jp/</a>

取材・文　佐藤優子
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